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作品 - 20111028_207_5652p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


花の名前をおぼえようとする/花の名前をおぼえられない

  角田寿星



マリーゴールドと
マーガレットの区別がつかない
ツバキとツツジを間違えて
笑われてしまう
アヤメとカキツバタにいたっては
はなっから諦観の境地で
でもそれはちょうど
パスカルとサルトルを間違えたり
萩原朔太郎と
高村光太郎の区別がつかないのと一緒で
きっと大したことじゃないんだろう

土曜の朝に
ぼくとたあくんは電車を乗り継いで
手をつないで花の咲く私鉄沿線を歩く
たあくんはことばが遅い無口な幼児で
父親のぼくもきっとことばが遅いんだろう
パンジーやサクラソウがご丁寧にも
名札をぶらさげてつつましく笑っている
閑静な住宅街の空き地は
クマもオオカミも荒らしに来ないからタンポポが伸び放題で
一瞬 菜の花畑かと見間違える

「たあくん たんぽぽ」ぼくが口を開く
「みかん の み」たあくんがこたえる
「みかんじゃねえよ たんぽぽ」
「おしさま」おひさまのことなんだろう
タンポポは当たり前のような何の感慨もないまあるい黄色で
春に暖まってきらきらして少しさびしくなる

時間がまだあるので
近所の公園に寄り道することにする
すべり台とブランコしかないちいさな公園だ
たあくんはひとりで
すべり台とブランコを何回も何回も往復する
両手をひろげ ときおり転びそうになり
たまには実際に転んでみせながら
ぐるぐるぐるぐる ぐるぐる
「バターになるぞう」
「のぞみ つばめ なんかいラピート」
たあくんがバターになった時の対処法だが
実はきちんと考えてあるので心配いらない

目的地は目と鼻の先だけど
朝っぱらから親子して
かるく道に迷って早くも遅刻しかかってる
白い尾の長い小鳥が一羽
茎のまっすぐな濃い緑の下生えをつっと横ぎっていく
ぼくはといえば
ちいさなブランコに窮屈な尻をうずめたままで
ぼくは花の名前をおぼえようとする
ぼくは
鳥の木々の草の名前をおぼえようとする




コスモスがコスモス色に咲いてて
ススキがススキのように揺れてる
土曜の朝
私鉄沿線の住宅地を
ぼくとたあくんは歩く

めずらしく陽が射している
建物の影が舗道をおおって肌寒い
ぼくは細長く伸びるわずかな日向をえらんで歩き
たあくんは
カエデの型をしたカエデの落葉を次々に踏んで
足裏の感触をさくさくと楽しんで歩く

たあくんも もう6歳
三語文までは話せるようになり
自分の意志も少し伝えられるようになった
ひらがなを書けるようになった
「小学校の普通学級は…ちょっと無理ですね」
と つい先日 通告された

名前の知らない木が白い大きな花を咲かせている
名前の知らない鳥がどてっぽーと鳴いてる
ぼくは無言で
たあくんはぼくの知らない歌を小声でうたっている
ページを開きっぱなしの本や
封をきらないまま積み上げてる専門書
のことを思いだす

ぼくはつまりそんなふうにして今まで生きてきた

近所のちいさな公園は愛犬家たちの社交場になってて
ちょっとしたドッグランの景観で
すごく楽しそうだ
ぼくの知らない近所の人たち
どこかの子が怪我でもしたのか
なけなしの遊具がまたひとつ撤去されてる
たあくんは犬がこわくて
公園に入れない
両手で耳をふさいだまま立ちつくしている
ぼくはたあくんの肩に手をやって話しかける

ぼくは知っている
耳をふさぐたあくんのしぐさは
気持ちを落ちつけるサインのひとつで
ぼくはそれだけを知っていて
たあくんの視線はぼくの知らない空間を見つめたまま
固まっている

公園を背にして ふたり
もう慣れてしまった舗道を歩いていく
たあくんが手をつなごうと右手をぼくに差し出す
ぼくはたあくんを見ないまま左手で
たあくんのちいさな手を しっかりと握りしめる
あたたかい ひざしが

文学極道

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