この地球を彫り上げる彫刻家と
話をする機会があった
「初めまして。僕は日の光のように形を持たないのですが、日の光のように、物の形を影として作り上げます。ですが僕が作り上げるのは影です。影は光を追い越せません。その点あなたの彫り上げた地球はあなたが生まれる以前からありました。地球はあなたを追い越してしまっているのですね。」
「初めまして。私は非常に記憶力の強い空間です。物質というものはいわば空間の死骸でして、すべてを透過する生きた空間が死ぬととたんにそこが物質となってすべての透過を妨げるようになるのです。私は完全に生きた空間でしたが、あらかじめできあがっていた地球と同じように部分的に死んでいきました。そして、地球と同じ物質になったというわけです。その際に死んだ部分の生命のエネルギーで、あらかじめあった地球を、すべてを透過する生きた空間として生き返らせました。だから、今は私が部分的に死んでできた地球のみが物質として存在するのです。」
「なるほど、僕は日の光として、反射することによって物質を作り上げますが、あなたは死ぬことによって物質を作り上げるのですね。ですが反射は物質の運動を追い越せません。それに対して、あなたは物質の運動に先立って運動していますね。」
「私が彫刻家と呼ばれる所以はそこにあります。例えばボールが転がるとき、ボールがもとあった空間は生き返り、ボールが到達する空間は死にます。そのとき私は、ボールが到達する空間からその血液を抜いて、ボールがもとあった空間へとその血液を移動させるのです。私の統御するこの血液の運動こそが、物質の運動に先立っていて、地球上の物質のあらゆる運動・変化を彫刻するのです。」
「なるほど、僕が日の光として生きた空間を透過するとき、常に僕を翻弄する流体があると思っていたら、それが空間の血液だったのですね。今日はお話できて楽しかったです。またお会いできるといいですね。」
「そうですね。」
僕は新しい理解の温流を浴びながら
理由のない義務感に駆られて
椅子から立ち上がった
老彫刻家は煙草の灰を灰皿に落とした
灰が熱を失っていく速度で
表情を無防備な状態に戻し
二度とこちらを見なかった
僕は家具が豊かに配置された部屋を出て
玄関のステップを降りた
頭上には日の光が降り注ぎ
足元には地球があった
最新情報
選出作品
作品 - 20111020_924_5625p
- [佳] 彫刻家 - zero (2011-10)
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彫刻家
zero