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作品 - 20110726_095_5396p

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コルトナの朝(印象違い)

  case

コルトナの朝


吐きだした煙の、うごきをおいかける、視線がかたちづくっているものは、てのひらを合わせたようにねむる男の子、すこし剥げかけたマニキュアのぴんくが、八月のひざしを先取りしてひかっている、ゆびの股のところが、すこし汗ばんでいるようで、しめった産毛が、ときおり、吹いてくる風にかわかされてうごくのに、にているわ。

コルトナの朝がライターからはじまる
金属のおとが、水のなかでとける氷をおもはせる
あぶらの染みた、芯が、こげていく
さっきより小さくなった氷がグラスのふちにあたる
グラスは汗ばんでいるようです
目をつむりながら煙草に火をつけて
そのまま大きくいきを、そらをあおいで、すいこむと
のばした左手のゆびわの紅玉をグラスにあて
金属のおとをさせます
かたほうの手が
手紙を書きはじめようとしているけれど書きおえるころにはきっと灰が舞っている
ことだとおもふ

ベリーバードが庭の木の実をついばみはじめる時期のひざしをおぼえていることだとおもふのは、テラスにだした白いテーブルのうえにいつも置いていた水差しの汗を、あなたがどうしようもなくのぞきこんでばかりいたことを、わたしがおもひだしているからで、あなたの鼻のあたまの汗も、どうしようもなく世界をはんしゃさせていたのに、もう気づいているかしら。

煙草のせんたんが、つよく燃えている
ベリーバードのくちばしが、赤い実をくわえている
とけきった氷のような、とうめいなはねを
きれいに折りたたんでついばんでいます
−−赤い実が、そのたびごとに、はじめていて
一羽、また一羽と、ベリーバードが庭におりたつけど
ひざしは鳥たちをとうかして、さしこむ
なにひとつはんしゃしないで、はれつした赤い実がすけた胃袋におさまる
そうしておさまっているので
夏のこの庭には、おびただしい数の赤い実だったものが、うかんでいるようにみえる
おぼえていますか

コルトナの朝にゆうびんはいたつの彼は来ない、もうずいぶん大きくなったけれど、相変わらず鼻のあたまに汗をたくさんのせていてくれると、わたしはうれしいし、あなたが「とおりぬけできません」の看板をむししてこの庭に来てくれたときのことを、いまでもおもいだす、夏の日ざしみたいに、いつのまにかわたしの庭に、ふわふわとただよっているようでした。

灰皿が、ゆうじんのつくれない
はりねずみみたいになっちゃったので
すこしの水分もにがさないようにしている
ゆびわをはずす
書きかけのこの手紙を、わたしのゆびの代わりにとおして、みえない鳥のむれに投げつけましたら
きっとこの庭を燃やします

文学極道

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