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作品 - 20110715_665_5360p

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空間の定義

  zero

 花々もなく、人生を折り曲げるほどの歓喜の思い出もなく、ただ学生として生きることが自然な網でもって捕えていく雑草のような物資だけのある部屋から、私は引っ越そうとしていた。引っ越すことの目的や理由、理想的な引っ越し、引っ越しの学的構造化、そんなものは、私の意識の裏側や、他人の意識や、誰の意識も届かない晴れた野原、その辺に転がっていて、私にはただ現実の沈殿物のような引っ越ししか頭になかった。父母が手伝いに来てくれた。家具や段ボール箱を、エレベーター経由で一階に下ろし、そこからトラックまで運んでトラックに積む。掃除も終わり、部屋は一個の、虚ろで清潔であたかも膨張していきそうな空間と化した。荷物を積んで実家へと進むトラックの中で、私は何かをあの空間に置き忘れてきた気がしていた。その忘れ物が、私の過去の身体の流れなのか、私の部屋にまつわる記憶の真意なのか、それとも空間そのもの、その味わいと苦しみなのか、私にはわからなかった。

 彼女は駅のターミナルから市営バスに乗った。彼女はバスが少しだけ嫌いだった。アスファルトと乗車口に死のような段差がある。乗った時に椅子がみんな軍隊のようにそっぽを向いている。監獄よりも狭い椅子という空間に冷凍血液のように固まらせられる。揺れを意識しまいと彼女を洗脳する運転手の清潔な罪。だが今日の彼女はむしろバスを好いていた。新しい街の複雑な構造、建物の造作や看板の文字・彩色、枝を払われた街路樹の生々しさ、それらが彼女を、一篇の長編小説のように楽しませた。バスが主人公で、流れていく建物や交差点は、小説内の露光され造形化された出来事のように思われた。印象的な店は新しい登場人物で、バスと恋愛したりするのである。そして彼女は美術館に着いた。地方の美術館の常設展を彼女は愛していた。彼女は一つの絵の前で立ち止まる。その絵には、それぞれの大きさをもった三つの灰色の長方形が無造作に置かれていた。彼女は軽いめまいに襲われた。そこにはあらゆる空間が、つまり、彼女を突き抜けて通路へと屈折していく空間、彼女が過去に深く望んだのだけれどそのまま死んでしまった空間、画家が憎んでいるのだけれど画家の体内に抉り込まれた空間、長方形がほかの絵たちと謀議するための空間が、融合し離別し鋭さを増していた。

文学極道

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