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作品 - 20110712_548_5351p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ロビン村

  ゼッケン

遭難信号を発信した直後に海に投げ出されたおれが目覚めたのは
入り江の奥の白い砂浜だった
海図では周辺に人の住む島はなかった
捜索隊は明日にはおれを見つけるだろうが、おれは
すでに空腹であり、海水で下がった深部体温を取り戻すにはすぐになにか
を食べなければならなかった
陽光から逃げ場のない砂浜は岩場を廻って森の暗がりへと変わり、
いつまでも目が慣れない純白の反射光から逃れたおれは
叛乱を鎮めて凱旋してきた将軍のように疲労と高揚を覚えた
すぐにちからを取り戻してみせる
森に水があるのは分かっている、それと肉だ
ちからを取り戻すには肉がいい
果物が実っていればなお喜ばしいと思いながら森をすすむ

くいなッセ

翼の退化した飛べない小さな鳥たちがおれの足元に集まってきた

くいなッセ

人間を知らない
天然記念物に指定されているものに似ているが、おれに詳しくは分からない
おれはまたたく間に囲まれる
頭部に赤い羽根飾りがあり、嘴は細く長い、胴体はずん胴で茶色の縞がある
おれはひとつの仮説を立てる
この鳥がほんとうはなんだとしても
この鳥をおれが食べても世間は非難しないだろう
人間についての極限状態とは
人間が自然の一部として環境化される
すなわち自然が対象化から解除される
ひとりの遭難者が鳥を食べることが許されるなら
ふたりの遭難者はどうだろう、さんにんなら?
遭難者が100億人ならどうだろう
100億人の遭難者を食わす鳥たちはこの島にいない
共食いするのか
焚き火にかざした木の枝の先では肉が焼けている
脂がぽとりと落ちるたびに火がぱちりとはじける
夜になっていた
舞い上がった火の粉は粒状の闇に転換される
空間は150億年分の時間とともにあった
おれは焼けた肉をほそく千切って鳥たちにも分け与える
鳥たちはうまそうについばんでいた
拾ってきた小枝を火にくべるものが鳥たちのなかに出始めた
おまえたち、これが火と肉だよ、と、おれは思う、おれが去った後も
火と肉は続くか
この島から飛べない鳥たちは姿を消すだろう

くいなッセ

おれはふくらはぎに刺されたような痛みを覚えて跳ね上がった
おれを包囲した鳥たちの丸い目玉がおれを欲している
火のついた小枝を嘴ではさんでおれに向かって突き出す
おれは焚き火から手頃な太さの枝を抜いて大きく振り上げた
おまえたち、いくさのしたくはととのったのか?
すでにちからを取り戻したおれは、ならば一晩中、
文明の先達として残酷に鳥たちを殺戮するだけだ
鳥たちはちょこまかと走って隊列を組むと道をつくるように左右に分かれた
火で縁取られた鳥たちの道を通って
森の奥から姿を現したものを
おれは
ゆっくりと

見上げた
恐鳥という種類だろう、おれに詳しくは分からなかったが
おれの頭上で嘴が開き、紫色の筋肉の槍は発射された、おれは
す、
と言って死んだ。恐鳥の舌端は
おれの顔面をほぼすべて
ぽっかりと口を開けた穴に変えた
恐鳥が人間の顔を食う、そのことを悟ったときのおれは
すみませんと言いたかったのか
すげえと言いたかったのか
言えなくてその両方をおれは言うことができたと思う

文学極道

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