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作品 - 20110701_169_5320p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夢の見える部屋

  リンネ

 (立方体の個室に、インタビューをするものとされるものがいる)


「子供のころよく見た夢の話です。人をばかにするような引きつった笑い声が、空のほうから聞こえてきます。さっと上を見上げると、なんと笑っているのは太陽のようなのです。」

――で、すぐにガラス砂を播かれたような刺激を眼球に受け、視線をそらした、と?

「ええ、夢の中であれ、太陽は眩しい。ですが、それでもなんとなく太陽に口があって、それが豪快に歪んでいるのが分かりました。サングラスなどがあればもっとよく見ることができたのでしょうが、まだ幼い私の夢にそんな大人びた品は登場するはずもないのです。わたしがまじまじと見れないのを知ったからでしょうか、太陽は小刻みに震えながらいつまでも笑い続けていました。」

――さて、見渡す限りの平らかな砂漠の一点で、あなたは、こちらを覗き込むようにして浮かんでいる一つの太陽と向き合っていた。不思議なことに、そんな灼熱の光景にもかかわらず、あなたは何の暑さも感じていなかった。

「夢の中のわたしは、なぜだかそのことに気づいていませんが、それとは別に、何か気まずい空気を感じているようでした。ビルや木々の凹凸のない空間。まったく、どこを歩いてもあのおかしな太陽に見下ろされてしまうのです。一度砂を掘って身を隠そうかと考え、試しに足元の砂を素手で掻こうとしたのですが、穴を作ってもすぐに元通りの平らな砂地に戻ってしまう。どうやら掘った傍から砂がくつくつと湧き出しているようなのです。」

――ところで、生物の口の形は、その持ち主の食性を反映しているはずです。はたして人間のように笑うことのできる口を持つその太陽は、普段どのようなものを口にしているのでしょうか。少なくとも何か形ある物を咀嚼していることは間違いないはずです。納得できないのは、絶えず自らエネルギーを生成する体をもつものが、どうして何かを摂取する必要があるのかということ。

「もしかして太陽にとって食とは娯楽にすぎないのではないでしょうか。夢の中で気づいたのですが、考えてみれば、声を上げて笑っているというのも不思議なもので、どうして呼吸の必要のない存在が肺をもっているのでしょう。そもそも、どうしてあの声は宇宙空間を伝わってわたしの鼓膜に到達しえたのでしょうか。もちろん、夢の登場人物に合理性を追及することほど馬鹿げたことはないのですが、夢の中にいるわたしは、そこが夢の世界だなどとは思っていないのだから、これは仕方がないともいえます。」

――そうなれば疑問は太陽に対してではなく、あなた自身に対しても生まれます。そうです、どうしてまだ小学生にもならない子供が今のような推理を始めることができたのでしょう。それはもしかしたら、今あなたが語っている夢の話は、笑う太陽の夢を幼いころに見た、それを語る夢についてのものであるから、ということではないでしょうか。

「どうでしょう。そういえば、まだ幼いわたしが、あの夢を見て何を感じたか、そういったことが今となってはまるで思い出すことができません。夢の内容は覚えているのに、その夢を見た自分についてよく思い出せないのです。もしかしたら、現存するわたしにとって、かつてわたしが見た風景のほうが、それを見たわたし自身のことなどよりも、何か重要な意味を持っているのかもしれません。」

――さて、夢の終わりです。いままでの荒涼とした光景がしだいに様子を変えていく。平らな砂漠の内側から木々やビル群、道路や信号機などが現れ始め、一片の雲もなかった空には腫れぼったい積乱雲が浮かぶ。いつのまにかあなたは都会の雑踏を歩いていて、蟻の行列のように流れる人々の列に引き込まれてしまう。

「単なる比喩ではなく、本物の蟻のように、黒い光沢をもった人間たちが、町の隙間という隙間から這い出てきました。それがしだいに町中を、まるで舞台を終わらせる暗幕のように埋め尽くして、そうしてある時点から今度は反対に、引き潮のようにあらゆるものをさらいながら、瞬く間に一点へ収縮していきました。つまり、あの笑う太陽の口の中へなのですが、その最後の光景は、夢から覚めたわたしたちの願望による、いささか安易にすぎる想像なのかもしれません。」

――そう、夢というのはきっと、本当に見た風景と、見たいと思った風景とが、自分でもそれと気づかないくらい絶妙に混ざり合った、裂け目のない液体のようなものなのでしょう。

「ちょうどここに注がれた、このカフェオレのように?」


 (二人は笑いながらティーカップを覗き込む)


 (ここに、インタビューをするものとされるものがいる。テーブルに置かれた白いティーカップの中で、いつのまに乳白色の渦を巻き始めたのは、むろん、われわれのよく知るありきたりなミルクなどではない。つまり、そこに回転している白い液体は、かれらが見たというあの太陽の夢の姿なのである。非常にゆっくりとした調子ではあるが、二人はその小さなティーカップの周りで、中途半端にヘリウムの入った風船のように、上昇するとも下降するともせずに漂い始めていた。いつのまにか個室は夢で満たされている。思えば笑う太陽とは、少しも不思議な存在ではないのだ。二人がなぜだかそう了解できたとき、すでに破裂した風船が二つ、カフェオレの中で夢を見るように窒息していた。)


 (二人はティーカップの中からこちらを覗いている)

文学極道

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