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作品 - 20110604_546_5270p

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アワー・オフィス

  リンネ

とある清潔な会社のオフィスである。わたしの指はパソコンに向かってなめらかにキーボードを打ち続けている。それに応えるようにして、キーの一つひとつが軽やかな音を放っており、静かなオフィス全体にくっきりと反響している。頼まれていた仕事を終えたわたしは、さっそく上司にそれを報告しに行くところである。

さっきから隣の同僚がイスに座ってくるくると回転している。やけににやにやとしているところから察すると、どうやらその状況をとても楽しんでいるようではあるが、あの状態では仕事などできるはずもない。現にそいつは出社してからまだパソコンの電源も入れていないままである。職務怠慢と言われても仕方がない状況だが、同僚はいつになく楽しそうで、さすがに声は上げないが、満面の笑みで回転を続けている。

妙なことに、見える限りすべての社員が椅子に座って回転しているようだ。みんな見たこともないほど幸せそうな表情をしている。もちろんわたしの上司もほかの社員と同じで、かろうじてパソコンは動いているようだが、くるくると回ってしまい何の仕事もできないありさまである。これでは資料を手渡すこともできない。仕方がないのでわたしはいったん自分のデスクに戻り、別の仕事に取り掛かることにした。

ところが戻ってみると、自分の席にはすでに別の社員が座っていた。その上、みんなと同じようにくるくると回転してしまっている。妙なことになった。いったいわたしはどこで仕事をすればいいのだろう。オフィス中を歩き回ってみるが、どこにも空いている席が見あたらない。困ったものだ、いったい、わたしはどこにいればいいのだろうか。これでは仕事ができない。しかし、考えてみればそもそもみんな椅子の上で回転していて、仕事などほったらかしにしているのだから、なぜわたしだけが律儀に仕事をする必要がある?

とつぜん、電話が鳴った。わたしは近くの受話器を取る。「もしもし――」といったところで、そういえばこの会社の名前は何であろうか、と疑問に思う。さて、わたしはポケットから自分の名刺を取り出して確認してみるが、印字された文字がくるくると回転していて判読できない。しょうがないので、近くの社員にうちの社名を聞こうかと思うが、すぐにそんな馬鹿なまねできるはずがないと考えてやめた。名刺の文字はますます回転を速めて回っており、いつのまにか、その名刺を中心にわたしまで回転を始めていた。

くるくると回り続けていると、不思議なことに、なにやらとても愉快な気持ちになってきた。しばらくこのままでいることが、何かこの会社にとって必要不可欠なことなのではないかという予感がした。受話器の向こうでは何者かが未知の言語で流暢に何かを訴えかけ続けているが、もはやそれがこの会社にとって何の価値もない話であることは明白であった。

全社員がくるくると回転を続けている。もうまもなく定時を迎えるが、だれひとりとして帰宅の準備を始める社員はいない。それどころか、かれらは先ほどまでの笑顔を一変させて、今度は鋭く険しい表情でもって、いよいよ何かを始めようという気迫をうかがわせている。

壁にかかった大きな時計に、あらゆる社員の視線が集まった。

窓からは夕日が差し込んで、オフィスは金色に染まっている。

文学極道

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