お兄ちゃんは私が困っているとすぐに助けに来てくれる
悪い犬に追いかけられている時や、理由もなく怖い思いをしている時にも
辛い苦しい思いをしている時にも、いつもかみさまみたいに現れて
なにもかも嫌になった私が世界を粉々に砕いてしまう前に
私の居場所はここにあるんだって思えるようなほっこりした笑顔で
「ドジだなぁ」とか「バカだなぁ」とか針でちくちく刺すような嫌味を言って
そうやって世界に対する恨みなんかどうでもいい気持ちにさせてしまって
そうやってお兄ちゃんはいつも私を助けてくれる
それはきっとお兄ちゃんが私の事を好きだからだと思う
つまりお兄ちゃんはロリコンなんだと思う
そうでしょ? お兄ちゃん
バカだなお前きょうだいだからに決まってるだろ?
本当にバカだなお前……
学生服が太陽の光一枚ぶん薄くなる頃
彼女は子犬のワルツを覚えた
まだ幼い頃から弓を握って
大きさはこの場合問題にならんとチェロを持たされた写真が飾ってある
手足の短い生き物という点では同類であるはずなのに
なぜ子犬とはこうも周囲の扱いが違うのかしらと悩んでいた
いみじくも音楽が人を動かす力をもつには
その音楽は背後に天才の迫力を備えていなければならない
けれども彼女が作っている音楽は二十一世紀だった
紛れもない二十一世紀だった
駄作であれ、傑作であれ
踏襲であれ、独創であれ
私たちは二十一世紀を作っているのだ
私たちが作っているものが二十一世紀なのだと
そう笑いあったときの写真だけを残して
他の写真はみんな燃やしてしまった
その灰は秋雨でかさの増えた河に流されていった
等間隔に並んだトンボが黄金色にきらきらと光っていた
着信 From:A
申し訳ございませんが、落選しました
私から言わせてもらえばあなたには全く才能がありません
あなたにはこの分野で創作を行う能力が欠如しています
古雑巾を絞って出したような汚臭さえします
未完の作品を送りつけられても弊社は対応いたしかねます
正直困惑しております
いっそあなたを殺してしまいたい気さえします
これ以上お話を続けてもお互い時間と労力の無駄です
以降は思い上がりを改め一愛好家としてのみの関係を以って私と接してください
繰り返しもうしあげますが、あなたには全く才能がありません
可哀想なので具体的に申し上げますとあなたは読み手に対する配慮を軽んじるきらいがあるくせにその理解にすら乏しいと思われる節がございます
くだらない自己欺瞞に満ちているせいであなたの作品からはあなたの顔がまったく見えてきません
むしろ社会不適格者的な人格のみがしのばれてきっと私が何度才能が無いと言おうがなんと酷評を与えようが気にもしないのでしょうね、きぃ〜っくやしい、死ね!
陳腐なること剽窃の如し
眠くなること古典の如し
萌えざること落語の如し
難解なること厨二の如し
鳴かぬならエロくしてみよう新人賞
ぐらいの勢いのある新人だったらまだ見込みがあったかもしれません
あなたはどれもこれも中途半端
こんなにも早く消え行く臭いがしている新人は私いまだかつて見たことがありません
何度もいいますがあなたには才能がありません
それはあなたの顔と同じく二度と修正のきかない致命的なものです
あなたの書くものなどどれほど努力しようと駄文以上には成りえません
二度と私に駄文を送ってこないようにお願いいたします本気でお願いいたします
ではでは
私はしばらくケータイの脈拍をはかっていた
向こうにとんでもなくやばい犬がいる予感がする
鼻面から鉤爪の先まで獰悪だ
信じがたいという気持ちよりもむしろ羨ましさで強い疲労を覚えた私は
結局みずからケータイの電源を切ってしまった
それ以降彼女から私のもとに連絡が来ることはなかった
だがそれで終わったような気はまるでしなかった
途中で傘をたたんだのは
諦めたわけではない
成長したかったからだ
昔の私が背伸びをして歩いたのと同じ坂の上で
私は相変わらず背伸びをしていた
空気を構成する水の粒子の向こうに
赤と赤と赤が交互に入り乱れている
カラスは言葉を失ったように鳴き喚いている
静寂を突き破るのに電車そのものはいらない
すぐそこで警報が鳴っていたのに気づかなかった
すぐ手の届く距離にあった死がやがて目の前を通過していった
車内は目もくらむばかりにぎらついていた
さすが死だけあってすさまじい質量だった
遮断機はバレリーナのように両手を光芒に差し伸べる
黒い車が水をはねていった
黄色い傘が跳ねあがって
赤い傘が頷いていた
警報はとっくに鳴り止んでいたが
私はこれから何が起こるのか
一瞬なにも解らずにいた
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選出作品
作品 - 20110517_077_5226p
- [佳] 垂直落下 - J (2011-05)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
垂直落下
J