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選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


羊飼い

  

午前7時
太陽の箍がほどけて
ねじれた金の針が
野山のあちこちの影にはらはらと落ちてゆく
朝露を踏み散らして
杖の先の鐘の音を
金色の羊たちが追いかけていく
山麓は
詩をうたいながら朗々と輝いて
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

昼12時
獣の姿をした
孤独な岩の足下を
羊たちの群れが
雲の子と共に
流れていく
ぽっかりと地面に空いた暗い穴に
桶がひとつ添えてあって
そこを枯れ井戸と呼ぶ人も
どこにもいない
乾いた荒野は
呼吸と共に明滅して
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

午後5時
草原は弓なりにしなって
蜘蛛の巣が素朴なピッツィカートを刻んでいる
羊たちはどこかできっと
暖かい塊になっている
どこからか羊飼いが
時おりそっと弦に触れてみた音がする
夕立は地平線に銅の弦を張って
感謝と祈りの歌を爪弾いて果てた
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

夜0時
星明かりの届かない暗がりに
焚き火がひとつ
影を躍らせている
羊たちは身を寄せあって
木立の奥でひっそりと揺れている
どこからか獣の気配がするたびに
羊たちは耳を振る
後ろ脚をわななかせる
山麓は
昔の海のように沈黙して
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

朝5時
夜と夜明けの境目は
口を噤んだまま
背の低い草むらを撫でている
子羊が小さく足をおりたたんで
母羊の真似をしながら
お腹をさらけ出している
赤光を浴びた羊たちが
新たな草地を求めていななき
羊飼いのケエプは
虹色に膨らんでいた
稜線は
鉄の味がするほどに赤く染まり
山麓は
鐘の音がからんと鳴って
海から吹く風が
羊雲を海へと導いている
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった


さらば、小さな耳

  

こめかみに空いた穴から吹き込んだ砂風が
腹の奥でおかしなくちぶえを吹きながら
狂信的預言者のなりをしてボロ小屋を蹴ったり塗装を剥がしたりしている
つまりたとえあの小屋の中から花嫁が出てきたとしても
今は決して振り向いてはならないという事なのか

さらば俺のボロ小屋
俺の小さな耳よ

耳をふさいで砂漠を通過する異邦人が
不意に懐かしさに振り返ったとしても
それは一夜のうちにポケットに垢じみた手札と
育つ事もままならない種ばかりが残されてしまった彼を嘲弄する
カラスの声にすぎなかったのか

さらば俺のボロ小屋
俺の小さな耳よ

耳よかつてお前は俺の一部であった
お前の足はどんな時でも超撥水仕様であった
お前の詩は詩というよりも怪文書であった
ただ隣にいたお前の愛しさが唯一の事件であった
ほんとうだとも
たとえいま巨大な鐘が遠く鳴り響いていたとしても
俺はこの耳を手のひらの胎児として隠したまま歩みを止めぬだろう
こめかみに詰まった預言をどこかに埋める為に
せめてここから見えるあまねく灯台に火を点して行かねばならない
そうすれば耳の魂は迷うことなく飛び立てる
預言者もカラスもいないボロ小屋の窓へたどり着き
ある朝の小鳥となって指先に触れられながら
鼓膜を震わせて俺の代わりにさえずってくれるはず

さらば
さらば俺の二度と来ない朝
さらば俺の守りたかった小屋
さらば俺の困った毛布
さらば俺の慎ましい椅子
さらば俺の甘ったるいコーヒーカップ
俺の小さな耳よ
さらば

やがてカラスの声も遠ざかっていった
もはやみな砂に溶けてしまったのだろうか
いまは風の音しか聞こえてはこない

ああ耳よ
俺の小さな耳よ


夏の虫(三篇)

  

飴んぼ(アメンボ)
熟れた果実を踏みにじってただれた足を
綺麗に舐めとってくれるペットを探しているの
水溜まりをとっかえひっかえ歩き渡るアメンボは
せっけん水で足をごしごしすると
溺れてしまうって話ですわよ
ねぇ試してみましょうよあの水溜まりの上なら
電灯もうるさい虫の声も私たちには届かないわ
アメンボのお嬢様がお御脚舐めさせたげる
アメンボのお嬢様が生き甲斐与えてあげる
どう私のつま先つめたいでしょう
ちょっとした荒波を乗り越えてきたところですのよ
別にあなたの為ではありませんけど感謝ぐらいしなさいよね
顔が怖いから優しく燃えてねせっけんさん
わたくしまだ濡れた事がありませんの

日暮らし(ヒグラシ)
その日暮らしの最後の一匹
屈辱がじわじわと快感に変わったクソ暑い午後3時
隣の木にいた奴らは夕立と共に鳴きやんで
夕焼けが目に染みても再び鳴かなかった
マジな話みんなどこへ消えちまった
最後まで諦めんな絶望すんな生きているうちは俺たち鳴きあかそうぜ
なんて言ってた奴はある日地面に落っこちて野良犬に食われてた
理想は黒髪ロングで三十代なかばむっちり系の美女もちろんその女の初恋の相手は俺な
そいつは虫かごで沢山のメスに囲まれてモテモテになっていったがその後を知らない
俺この木にしがみついてて何も間違ってないよな
生き物として何も終わってないよな
どうせ夏が終わるんだったら
最後に俺も何か面白いことすりゃ良かったかな
なんて後ろ向きに夢を見ている空しさよ
空回りする欲望に吹かれ
空笑いするしかないぜ
あー俺って鬱なセミだったよな
略して鬱セミだったよな

強請りか(ユスリカ)
本音を申しますと
この子が産まれてきてもどうせ
不幸な生き方しかさせてあげられないのだからと
私は出産を諦めて
あなたの家に逃げ込んで
この夏までひっそりと生きてきました
臆病に吹かれた私は
母親失格なのだと思います
でもある日
黄金色のカブトムシが現れて
私は何故かその虫を神だと知っていました
あなたの大きな拍手に一瞬だけ潰された
私の真っ暗な視界の中央に
黄金色のカブトムシが
ぽっと現れて
私のひねくれた触角をまっすぐな角でそっとほぐして
光の向こうにぶうんと羽ばたいていったのです
気がつくと私はただひたすら蛍光灯を目指して
傷ひとつなくふらふらと飛んでいたのです
そのとき私は
この命は最初からこうする為に与えられたものであるということを
理解したのです
羽音がうるさいですか
すみません
刺された跡が痒いですか
とてもすみません
でも
少しでいいから
あの人の子を産むために
あなたの血を
私に分けてください
深い祈りと共に
こうべを垂れて
大地に口づけるように
あなたの皮膚を通して
唾液を注ぎ込みながら
真っ赤な命を吸い上げています
あなたと子供の眠りを妨げないように
夜の深い所でひっそりと


雪解け

  

風が吹けば寒村で白鳥に抱きすくめられた心地がした
雪の気配が眼窩から染み透って次第に声と意味は乖離していった
小鳥のあれは親鳥を求める声なのか
私にはわからないただ私は一羽の白鳥になって
子を持つ親鳥のようにそちらを見やっていた
このごろの古川は雪が降っているか
さもなければ風が強いかだった
雲によって太陽は久しく無力化され
オレンジ色の象徴となって空に浮かんでいた
水面に映った子ども達が
オレンジがどんなものかを身振り手振りでこちらに伝えようとしている
オレンジ色に染め抜かれた木々は
我々とはおそらくちがう雨の予感に揺れている
春風が絶えず肥え太った河の腹を舐めている河原で
雪の塊から毛玉みたいに吐き出された自転車の車輪が
いまだ車輪の形をなして空を向いていた
自転車よ自分はまだ走り続けられると思い込んでいるのか
車輪だけのその姿で
絶えることのない水のほとりで
流行というものをペットボトルのラベルのように剥ぎ取ってしまった透明な人が
もの思いに耽っていたら
後ろから抱きしめてもきっと消えてしまう
水面に映る姿の方がきっと本物だろう


垂直落下

  

お兄ちゃんは私が困っているとすぐに助けに来てくれる
悪い犬に追いかけられている時や、理由もなく怖い思いをしている時にも
辛い苦しい思いをしている時にも、いつもかみさまみたいに現れて
なにもかも嫌になった私が世界を粉々に砕いてしまう前に
私の居場所はここにあるんだって思えるようなほっこりした笑顔で
「ドジだなぁ」とか「バカだなぁ」とか針でちくちく刺すような嫌味を言って
そうやって世界に対する恨みなんかどうでもいい気持ちにさせてしまって
そうやってお兄ちゃんはいつも私を助けてくれる
それはきっとお兄ちゃんが私の事を好きだからだと思う
つまりお兄ちゃんはロリコンなんだと思う
そうでしょ? お兄ちゃん

バカだなお前きょうだいだからに決まってるだろ?
本当にバカだなお前……

学生服が太陽の光一枚ぶん薄くなる頃
彼女は子犬のワルツを覚えた
まだ幼い頃から弓を握って
大きさはこの場合問題にならんとチェロを持たされた写真が飾ってある
手足の短い生き物という点では同類であるはずなのに
なぜ子犬とはこうも周囲の扱いが違うのかしらと悩んでいた
いみじくも音楽が人を動かす力をもつには
その音楽は背後に天才の迫力を備えていなければならない
けれども彼女が作っている音楽は二十一世紀だった
紛れもない二十一世紀だった
駄作であれ、傑作であれ
踏襲であれ、独創であれ
私たちは二十一世紀を作っているのだ
私たちが作っているものが二十一世紀なのだと
そう笑いあったときの写真だけを残して
他の写真はみんな燃やしてしまった
その灰は秋雨でかさの増えた河に流されていった
等間隔に並んだトンボが黄金色にきらきらと光っていた

着信 From:A
申し訳ございませんが、落選しました
私から言わせてもらえばあなたには全く才能がありません
あなたにはこの分野で創作を行う能力が欠如しています
古雑巾を絞って出したような汚臭さえします
未完の作品を送りつけられても弊社は対応いたしかねます
正直困惑しております
いっそあなたを殺してしまいたい気さえします
これ以上お話を続けてもお互い時間と労力の無駄です
以降は思い上がりを改め一愛好家としてのみの関係を以って私と接してください
繰り返しもうしあげますが、あなたには全く才能がありません
可哀想なので具体的に申し上げますとあなたは読み手に対する配慮を軽んじるきらいがあるくせにその理解にすら乏しいと思われる節がございます
くだらない自己欺瞞に満ちているせいであなたの作品からはあなたの顔がまったく見えてきません
むしろ社会不適格者的な人格のみがしのばれてきっと私が何度才能が無いと言おうがなんと酷評を与えようが気にもしないのでしょうね、きぃ〜っくやしい、死ね!
陳腐なること剽窃の如し
眠くなること古典の如し
萌えざること落語の如し
難解なること厨二の如し
鳴かぬならエロくしてみよう新人賞
ぐらいの勢いのある新人だったらまだ見込みがあったかもしれません
あなたはどれもこれも中途半端
こんなにも早く消え行く臭いがしている新人は私いまだかつて見たことがありません
何度もいいますがあなたには才能がありません
それはあなたの顔と同じく二度と修正のきかない致命的なものです
あなたの書くものなどどれほど努力しようと駄文以上には成りえません
二度と私に駄文を送ってこないようにお願いいたします本気でお願いいたします
ではでは

私はしばらくケータイの脈拍をはかっていた
向こうにとんでもなくやばい犬がいる予感がする
鼻面から鉤爪の先まで獰悪だ
信じがたいという気持ちよりもむしろ羨ましさで強い疲労を覚えた私は
結局みずからケータイの電源を切ってしまった
それ以降彼女から私のもとに連絡が来ることはなかった
だがそれで終わったような気はまるでしなかった

途中で傘をたたんだのは
諦めたわけではない
成長したかったからだ
昔の私が背伸びをして歩いたのと同じ坂の上で
私は相変わらず背伸びをしていた
空気を構成する水の粒子の向こうに
赤と赤と赤が交互に入り乱れている
カラスは言葉を失ったように鳴き喚いている
静寂を突き破るのに電車そのものはいらない
すぐそこで警報が鳴っていたのに気づかなかった
すぐ手の届く距離にあった死がやがて目の前を通過していった
車内は目もくらむばかりにぎらついていた
さすが死だけあってすさまじい質量だった
遮断機はバレリーナのように両手を光芒に差し伸べる
黒い車が水をはねていった
黄色い傘が跳ねあがって
赤い傘が頷いていた
警報はとっくに鳴り止んでいたが
私はこれから何が起こるのか
一瞬なにも解らずにいた

文学極道

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