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作品 - 20110511_862_5208p

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テンオアラの嫁

  リンネ



いったいこれは何の会議だろう。何となくではあるが、つい最近もこういった会議に参加した覚えがあるので、きっと自分に無関係ではないはずなのだが、なぜか全く知らない言語で討論が行われていたので、わたしには何も理解できない。それでも、みんなとても粛々と話し合っている雰囲気から察すれば、実に重要な議論が続いていることは感じられる。が、そういった会話も、その意味が分からないわたしにとっては、どうしても動物が囁き合っているくらいにしか思えず、それがあまり滑稽なので、ついうっかり笑ってしまいそうになるのである。もちろん不謹慎であるので、わたしは必死で笑いをおさえている。胃が痙攣して思わず身震いしてしまう。すると、ちょうど向かいの席の女性がわたしのこの状況にいち早く気づいたらしい。さっきからじろじろとこちらを見て、諌めるような顔をしているのがわかる。そうやって目を細めて、口元をきゅっと歪めた彼女を見ていると、なんだか不思議に心が落ち着いてきて、とてもうまく笑いの発作を鎮めることができた。会議はなおも続いているが、わたしの心はすっかり落ちついてしまい、今度はうとうとと眠気に襲われている。向こうに見える女は、その顔をますます歪めて、執拗にわたしを睨み続けている。



今は学校の教室である。何かの授業の最中で、静かにみんな着席している。先生が学生たちに紙を配っている。一枚は白紙で、もう一枚には白黒で花の写真が載っている。「ここに花を描きなさい」と先生がおっしゃった。蓮の花に似た大柄な花ではあったが、見たことのないものだ。早速描き始めるのであるが、どうも写真の印刷が悪く、花の細部を捉えることができない。前の席の方に本物の花を用意しているとのことだったので、席を立って見に行くが、すでに先生と近くにいた学生たちがその花を食べてしまったのだろう、蓮の花托に似た芯の部分が、まるで食べ終わったとうもろこしのようにごろりと転がっていた。先生の口の周りは透明な汁でびしょりと濡れている。先生は教壇の向こうに座って、教室全体を厳粛に監督なさっている。



そしてわたしはどこかの研究所の中、部屋から部屋へと移動を続けている。自分が奥へ進むのをやめるまで部屋は連なっていくのだろうという予感がなんとなく感じられる。ふいに、何の根拠もなく、そろそろ解剖室に行き着くのではないかという気がした。わたしは怖くなって震えながら来た道を引き返していく。背後から自転車に乗った女性が現われて、ぐんぐんと近づいてくる。そのままわたしを追い抜いた。後部の補助席にはなんとも可愛らしい幼児が座っているが、死後しばらくたっているため、石のように固くなって動かない。自転車があまり揺れるので、子供は上下に震動して、補助席から少しずつずり落ちている。母親はますます速度を上げて走っていく。



いま気づいたのだが、自宅の前の通りで映画の撮影をしている。子役の女の子と男性俳優が手を繋いで歩いていく。その後ろから八百万の神さまたちがついて来ている。神々はげっぷのようなうめき声を吐いていて、それにより女の子と俳優の会話が聞こえないが、撮影は中断されることなく続けられている。「これで絶対に平和だ」と誰か言う。



さて、わたしはこの巨大な美術館に立てこもっているはずだが、自分でも居場所が確認できない。外には何万人規模の集団で警察関係者たちが取り囲んでいる。「大変な戦いになる」とその集団を指揮する一人が言う。隊員の一人が、美術館の扉を左右に押し開ける。しかし、押し開けても押し開けても、じゃばらのように新しい扉が繋がり、一向に中へは入れない。むしろそうやってますます美術館に飲み込まれていく。とつぜん、耳鳴りがしたかと思えば、ちょうど手をかけた扉の隙間から白い髭を生やした聖職者の顔が浮かび上がる。それが何かをつぶやいたとたん、隊員は暗闇に吸い込まれるようにして消えてしまった。開かれた扉が今度は次から次へと閉じられていく。最後に聖職者が言う。「ここにいる、死……すると美術館の周りから誰一人残らず消える。わたしは夢が終わるまでひとり静かにどこかでたたずんでいるが、やはりその姿は見えない。」



ところで、わたしはようやく自分の住んでいる集合住宅に到着したのである。五階建ての最上階が自分の住み家だったので、さっそく階段を昇りはじめた。ところが、昇って行くうちにいつのまにかどこかの図書館にいる。私の家はどこへいってしまったのだろうか。とにかく責任者を呼ぼうと名前を叫ぶ。(その名前はもう覚えていない)図書館の住人たちがざわめき始める。館長はすでに何者かによって殺されていたからである。



結局わたしたちは監禁されている。ビー玉のように目のつやつやした女が、鍋の中の沸騰した液体にタオルを浸している。そのタオルが仲間の首元へ押し付けられる。呻く。体が黄色く変色していく。「おまえは自分がなぜ人を殺すのか、考えたことがあるのか」とわたしは女に聞く。「心地よいから」と女。「欲望は決して満たされない」とわたしは言い返す。「本当は四月ごろがよかったんだ。蜂が殺気立ってるからね」悔しがる女。床に日本刀が落ちている。それを取り上げ、女を思いきり切り捨てる。(そのとたん、一緒に捕まっていた子どもたちはどこかへ消えてしまった。)奥の部屋から見知らぬ男が現われる。わたしはもう一度日本刀を握りなおし、その男に立ち向かおうとするが、振り下ろす間際に、自分が持っているものが日本刀ではなく、ただのパン切り包丁だということに気がつく。殺気立つわたしの目の前で、男が静かに怪談話を始める。消えたはずの子どもたちが全員ベランダに立って、こちらを見ている。



気がつけば自宅のリビングである。10cmはあろう巨大な白蟻を追いかけている。幼い妹が危うくそれを踏みつけそうになる。ぼくは妹を叱った。そうこうしているうちに、すでに白蟻は腹を破かれ死んでいる。



見えるだろうか。エスカレーターの途中にバービー人形がいる。エスカレーターのステップは上へ上へと流れていくが、一方の彼女はそれと同じ速さで下りてくるので、常に一定の場所にとどまっている。



見えるだろうか。雨が降ってぬかるんだ道を、一匹の鳩が歩いてくる。片足が折れ、羽があらぬ方向に変形しており、なかなか前に進まない。ついに泥の中に倒れてしまう。そばに直径一メートルくらいの穴があって、鳩は口から細い管を伸ばし、それを使って穴の中を探り始める。すると中から、見たこともないほど巨大なミミズが顔を出した。ほぼ穴を埋めようかというほどの大きさである。鳩は口から伸びた管をミミズの体に差込み、食らいついた。そばにいる人たちに、このことを伝えようと、ぼくは声を出そうとしたが、その間際、ミミズは穴からなめらかに飛び出し、体に鳩を刺したまま、近くにあったスーパーマーケットの中に滑り込んでしまった。



さて、商品陳列棚は壁に沿って置かれている。その隙間から、たくさんの黒人が見える。みんなリンゴのスライスを持っていて、それをこちらへ放り投げてくる。わたしはうまくそれをキャッチして食べる。



そろそろ反対ホームに移ろうと、地下通路をくぐった。階段を上ってホームに出ると、なぜか急な丘の斜面が広がっている。木々が転々と植えられてるが、その合間を、まるで川が流れるようにして上から下へ、線路が引かれていた。どうやら、電車が停車するのはさらに上のほうらしい。通勤するスーツの男女が駆け足で登って、わたしを次々と追い抜いていく。どうしてかみんな後ろ向きで走っていた。もういいだろう、というところでわたしはそれ以上登るのをやめ、電車が来るのを待った。丘の上のほうでは、さきほどの通勤者たちがさらに上を目指しているようだった。電車がこちらへ走ってくるのが見える。しかし、スピードを緩める気配がまるでない。停車場所はここではなかったのだろうか。電車はますます勢いを強めてこちらへ向かってくる。



ここは締め切った部屋にもかかわらず、風がいやな音を立てていた。どこから吹いてくるのだろうか。女の長い髪があれだけ巻き上げられているところからみれば、単なるすきま風ともいえないだろう。「ああ、すいません。うっかり閉め忘れていましたわ」と、女は申し訳なさそうに言い、髪をたなびかせながら部屋の奥へ向かうと、開きっぱなしだった電子レンジの扉を閉めた。その瞬間、風はぴたりとやんだ。



するとプラットホームに一人。乗車して、扉が閉まる。電車は動かない。運転手はいるが、操縦室で向こうを向いたまま微動だにしない。あるいは運転手がいない。自分で発車させる。駅がない、線路だけが延々と続く。



しかたなしに近寄ると、その人だかりの中心に何かが落ちていることが分かった。嘔吐物である。それを見てみんな笑っているが、ぼくはわけも分からず、ただ悪臭だけが気になった。いつのまにか集団が移動し、自分を中心にして人だかりができているのであるが、やはり、ぼくはそれに気づかない。



結局アカムシユスリカをスライドガラス上に乗せ、ピンセットとピンで頭部を引き抜く。するとそれに繋がって引き出る諸器官たち。唾腺のみを残しほかはすべて除去する。1%酢酸オルセイン溶液にて染色後、カバーガラスを乗せ、顕微鏡観察。巨大染色体を見つけ、わたしは笑う。それをもう一度、繰り返す。唾腺のみを残しほかはすべて除去する。1%酢酸オルセイン溶液にて染色後、カバーガラスを乗せ、顕微鏡観察。巨大染色体を見つけ、わたしは嬉々として目を細めている。さて、これをもう一度、繰り返すのである。



見えるだろうか。橋の上から見下ろす町並みが、まるで遠近感を失っている。その色合いも、べた塗りの浮世絵のごとくである。ところがわたしは、この町はおそらく北斎が描いたのだろうと、変に納得してその場を去って行く。



今はぶよぶよとした丸い女と暮らしている。テーブルの上には一升瓶ほどの大きさをした自分の妹が走り回っており、からになったわたしのコップにビールを注いでくれる。



見えるだろうか。空から何か黒くて、たわしほどの大きさの生き物が、五六匹の集団で落ちてくる。体の何倍もありそうな大きな羽を広げ、羽ばたきながら、速度を緩めて生垣の中へ消えた。わたしは集合住宅の前に立っている。建物に入り、一階の二号室に入ると、男が食事をとっていた。男はわたしの友人である。自分の後ろから、近所のおばさんらしき人物が勝手についてきていて、友人に対して何かいろいろと文句を述べ始めた。友人は不機嫌そうにしてそれを追い返す。ここで「今、家の前にいたら、空から人間みたいのがたくさん落ちてきた」とわたしは言うが、当然、さっき落ちてきたのは人間などではないはずだ。

文学極道

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