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作品 - 20110201_378_5003p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


さらば、小さな耳

  

こめかみに空いた穴から吹き込んだ砂風が
腹の奥でおかしなくちぶえを吹きながら
狂信的預言者のなりをしてボロ小屋を蹴ったり塗装を剥がしたりしている
つまりたとえあの小屋の中から花嫁が出てきたとしても
今は決して振り向いてはならないという事なのか

さらば俺のボロ小屋
俺の小さな耳よ

耳をふさいで砂漠を通過する異邦人が
不意に懐かしさに振り返ったとしても
それは一夜のうちにポケットに垢じみた手札と
育つ事もままならない種ばかりが残されてしまった彼を嘲弄する
カラスの声にすぎなかったのか

さらば俺のボロ小屋
俺の小さな耳よ

耳よかつてお前は俺の一部であった
お前の足はどんな時でも超撥水仕様であった
お前の詩は詩というよりも怪文書であった
ただ隣にいたお前の愛しさが唯一の事件であった
ほんとうだとも
たとえいま巨大な鐘が遠く鳴り響いていたとしても
俺はこの耳を手のひらの胎児として隠したまま歩みを止めぬだろう
こめかみに詰まった預言をどこかに埋める為に
せめてここから見えるあまねく灯台に火を点して行かねばならない
そうすれば耳の魂は迷うことなく飛び立てる
預言者もカラスもいないボロ小屋の窓へたどり着き
ある朝の小鳥となって指先に触れられながら
鼓膜を震わせて俺の代わりにさえずってくれるはず

さらば
さらば俺の二度と来ない朝
さらば俺の守りたかった小屋
さらば俺の困った毛布
さらば俺の慎ましい椅子
さらば俺の甘ったるいコーヒーカップ
俺の小さな耳よ
さらば

やがてカラスの声も遠ざかっていった
もはやみな砂に溶けてしまったのだろうか
いまは風の音しか聞こえてはこない

ああ耳よ
俺の小さな耳よ

文学極道

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