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作品 - 20101120_266_4844p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ある徘徊譚

  リンネ

少し遅れているが、それはいつものことである。待ち合わせのレストランまで、バスに乗っている。乗客はすでにほとんど降りてしまった。もうそろそろだろうと思い、手元のブザーに触れると、無数の赤いランプがまったく同時に点灯した。おやッ、なんとなく外を見てみるが、まるで見覚えがない景色である。…レストランはもう通り過ぎてしまったのだろうか。これではますます約束の時間に間に合わない。憂鬱な気分に浸りながら、バスが停止するのを待っていると、運転手がいつのまにか隣に座っていて、

「ぎりぎり、間に合うか?」
「そう、そうかもしれません」
「どこへ行くんだ?」
「もうじき、ですね」

停留所に降りると、あらゆる方向に森が広がっており、途方に暮れてしまった。バス停のポールがくるくると回転していて、何が書いてあるのかまったくわからない。仕方がないので、しばらく木々の隙間を抜けて歩いて行くと、とつぜん視界がひらけて、神社とバスターミナルが現れた。神社はとても長い階段の上にある。どうもそれを登る気にはならなかったので、自分はバスターミナルのほうへ向かった。制服を着た人が二三人いたが、どうしてだろうか、そばに行くと、わッ、と言って近くに掘られた洞窟の中に逃げていってしまった。自分が避けられているのかと思い、しかしその理由がまったくわからず、しばらく一歩も動けないままでいた。友人のAから電話がかかってきたのは、ちょうどそのときである。

「ああ、ちょっと間に合いそうにないよ」
「それは残念だね」
「ほんとうに?」
「ここはどこだろう」
「わからない、もしかしたら、間違えたのかもしれない」
「バスをかい? 残念だね」

話しながら歩いていたら、いつのまにか大きな駅の前にきている。近くにとても大きな路線図の看板が掲示されていて、とりあえず自分が今どこにいるのかを確認してみる。東京だということはわかるが、位置がはっきりしない。どこに書いてあるのだろうか、駅名が見つからないのである。何度も線路を目で追っていくが、何回目かで、そもそもこの駅の名前がわからないということに気がついて驚いた。しかし、友人のAはすでにここがどこかわかっているようで、

「一時間半くらいはかかるな」
「遠いね」
「バスでいけばいい」
「四十分はかかるよ」
「ほんとうに?」
「わからない、ここはどこだろう」
「やっぱり、ちょっと間に合いそうにないよ」

駅の中にはショッピングセンターがあって、服や惣菜やテレビゲームなどの店舗が並んでいる。運よく本屋もあったので、いい地図がないか探してみることにした。手当たりしだいの地図を広げて品定めをしていたら、このあたりの地形が詳細に描かれたものを見つけた。自分は驚くほど嬉々としてそれをつかみ、レジのあるほうへ向かっていく。しかし友人のAはもはやレストランに行くことも忘れて、エスカレーターを登っているので、それがとても頭にくる。もしやッ、と思い、地図を開き、しらみつぶしに探してみると、この駅の中にX…というレストランがあった。それが待ち合わせ場所だという確信はないが、自分は、すでにエスカレーターに乗って上の階へ移動している。どこからか、店内放送が流れているが、よく聞いてみると、それは友人のAの声であった。

「不思議なものだね」
「とても、とても」
「というのもつまり」
「つまり?」
「もうじき、だ」
「ほんとうに?」
「わからない、もしかしたら」
「そのとおりだ」
「夢を見ているのかもしれない」

自分はいよいよレストランへ入って行くが、ほんとうは、もう約束など忘れてしまっている。心のどこかでは、また遠く、あてどもない移動をくりかえす予感が生まれようとしており、だが、そのことに気がつくのは、とうぜん少し遅れてのことである。現に自分は、もうレストランをあとにして、友人のAを追いかけはじめている。しかし、それはまた、いつものことだろう。プラットフォームに電車が到着し、ぎりぎりで駆け込むと、さて、自分はふたたび抑えがたい絶望に襲われているのだ。つまり? これは決して夢ではないのだと、その身をもって実感している、そんな様子なのであった。車内にはたくさんの人が乗り込んできており、友人のAは、それに紛れていつのまにかどこかへ消えてしまった。不思議と静かな車内である。

文学極道

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