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作品 - 20101119_232_4838p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


羊飼い

  

午前7時
太陽の箍がほどけて
ねじれた金の針が
野山のあちこちの影にはらはらと落ちてゆく
朝露を踏み散らして
杖の先の鐘の音を
金色の羊たちが追いかけていく
山麓は
詩をうたいながら朗々と輝いて
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

昼12時
獣の姿をした
孤独な岩の足下を
羊たちの群れが
雲の子と共に
流れていく
ぽっかりと地面に空いた暗い穴に
桶がひとつ添えてあって
そこを枯れ井戸と呼ぶ人も
どこにもいない
乾いた荒野は
呼吸と共に明滅して
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

午後5時
草原は弓なりにしなって
蜘蛛の巣が素朴なピッツィカートを刻んでいる
羊たちはどこかできっと
暖かい塊になっている
どこからか羊飼いが
時おりそっと弦に触れてみた音がする
夕立は地平線に銅の弦を張って
感謝と祈りの歌を爪弾いて果てた
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

夜0時
星明かりの届かない暗がりに
焚き火がひとつ
影を躍らせている
羊たちは身を寄せあって
木立の奥でひっそりと揺れている
どこからか獣の気配がするたびに
羊たちは耳を振る
後ろ脚をわななかせる
山麓は
昔の海のように沈黙して
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

朝5時
夜と夜明けの境目は
口を噤んだまま
背の低い草むらを撫でている
子羊が小さく足をおりたたんで
母羊の真似をしながら
お腹をさらけ出している
赤光を浴びた羊たちが
新たな草地を求めていななき
羊飼いのケエプは
虹色に膨らんでいた
稜線は
鉄の味がするほどに赤く染まり
山麓は
鐘の音がからんと鳴って
海から吹く風が
羊雲を海へと導いている
見渡せど
見渡せど
羊飼いの双眸より
黒いものはなかった

文学極道

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