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作品 - 20100920_382_4713p

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私たちの食卓

  リンネ

 朝、日差しが差し込んで、私は目覚めました。いつもと同じように、なかば夢見心地でトイレへ向かうと、ドアの隙間から明かりが漏れています。私は一人暮らしでしたので、これはおかしいと思いました。ためしにノックをしてみると、カンカン!と、金属をたたくような音が返ってきます。仕方がないので少し待っていると、やがてトイレを流す音が聞こえて、中から誰かが出てきました。 
 驚くことに、それは私でした。といっても私はここにいるので、正確に言えば、私そっくりの誰かです。胸があわ立つような気分がしました。何か言うべきだったのですが、そいつは影のようにするりとリビングのほうへ過ぎ去ってしまいました。仕方がないので、私もまずトイレで用を済ませることにしました。 
 一度トイレに入ると、じわじわと不安な気分が沸いてくるようでした。あいつはいったい誰なんだろう、あまり自分にそっくりなので、私は私であることの自信をなくしてしまいました。強烈な吐き気が咽喉にのぼって、私は慌てて便座に屈み込みます。溜まった水に映る顔を見て、私は思わず息を飲みました。
 私は、私ではありませんでした。見知らぬ女の顔が、ぼおっと水面に揺れています。はっとして、(私は男なのですが)股間に手を当ててみると、本来あるはずのものが確認できません。そういえば、胸が異様に膨らんでいます。肌はきめ細かくなって、まるでプラスチックのようです。何かとんでもないことが起きている、そんな予感がしました。ですが、それもあまりに突然のことだったので、私は動揺さえすっかり通り越して、妙な確信へたどり着いてしまいました。つまり、私はもともとこの女だったのだと、そんな風に感じたのです。

 トイレを出ると、真っ先にあの男のいる方へ向かいました。男はダイニングテーブルに座って、手の関節に何かを塗っています。差込む朝日がその男に反射してよく見えません。肌が妙にギラギラと光っています。もちろん、人間の皮膚はあんなに光を反射しないはずです。近寄って見ると、どうやら男の肌は金属のように光沢をもった特殊なものでした。

 「おい、K子。」男が言いました。
 「何?」私は思わず答えました。(もちろん私の名はK子ではないのです。)
 「そろそろ子供も生まれるんだし、安静にしてるんだぞ。」

 たったいま気付いたのですが、私は妊娠しているようなのです。お腹が急にずっしりと重たく感じました。まるで鉛を詰められたような気分です。お腹の子も、もしかしたら金属製なのかもしれません。 
 私はいつものように台所へ戻り、ゆっくりと朝食の支度に取り掛かりました。お腹の中では赤ん坊が、空腹を訴えて泣きはじめたようです。このいささか不自然な世界に、私はめまいがしてきました。どよりとバランスを崩して反り返ると、男が私を素早く抱きとめました。男の磨かれた顔が私を覗いています。その顔に私の顔が映りこんでいました。私は紛れもなく、K子でした。
 とすればどうやら、泣いている赤ん坊が、もしかすると本当の私かもしれない。そうだとしても、それにだれが気がつくでしょうか? 私はまだ生まれてもいないのです。
 けれどそれがかえって、私を安心させたのかもしれません。私は穏やかに泣き止んで、眠りが一瞬のうちに、あたりを包みこんでいます。
 どこからともなく、家族の団欒が聞こえてきて、私はゆっくりと夢を見はじめていました。

文学極道

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