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作品 - 20100917_344_4709p

  • [優]  終わり - ただならぬおと  (2010-09)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


終わり

  ただならぬおと

  〇

私は、私にとって美しいものを、あなたの言葉によって美化されたくありません。それでも初めて、あなたの言葉においても、こればかりは純粋に美しいと確信するものができました。それは空白です。私は絶対に美しい空白を見ました。それはあなたのものですが、私からもあなたに贈っておきたいとおもいます。その光彩において他の光彩に添えられておらねばならぬのが空白のあり方です。そしてあなたの空白というものは、あなたにこそ添えられてあるべきものでしょうが、今の私には残念ながらあなたが無いので、「ありがとう」と書き続けてきたルーズリーフの、恰ど一枚ここにありましたのを、あなたの代わりとして添えてみることにします。あとはあなたが、私を信じてくださればこそ。消失点に成りやまぬ最終というものに宿る、そんな無限のような空白よりも、もう少しだけ限りありそうな空白、それが(終わり)ですから。

鳥たちが一せいに弾け飛ぶ。
地面が私をねじる。
と、私から滴れた、ぽたぽたと行間に馴染むひとしずくひとしずくの背景が、沁みになっていく。中から三滴を選び、手紙として封をした。

上を向いたら
私の顔面があったから、
ごぼっと引き剥がしてしまった。
そこから、どばどばと放水されて
私は大水のさ中、
しきりに問い掛けた。
あなたには、死ぬか、いきるか。
それしかないか、と。
そんな土砂降りの瀑布を
胸が爛酔するほど呑みこんでしまったら、
無為に咀嚼したくなったある復唱が、
嘘という、
腐った言葉の水脹れを絆して、
不妄語と倶にどんどん白んでいった。
そして白は次第に凍結し初め、雪の華になった。
手形の痺れた息遣いで、私は、猶も大量に降り掛かってくる華瓣の一切を左右に吹きあらした。

それから再び、
人間を已めよう、という予感をぶり返した。
今し方、私が封をしてしまっていたのは、もしや「ありがとう」の羅列ではなかったのかもしれない。情景が滞ったあの日に感染するための、創ぐちとして痛覚に衝き上げてきた想起、すなわち、「人間を已めよう」と、そんな嘘がノートに様ざまな字体で書き足され続けていたような気がする。

その内、私が、想起の海に浮かんだら
あなたは砂浜になって
私を迎えに来てくれるのでしょう
波は私と私たちとのあいだに立ちつづける相違だから、目をそらすことはできなかった。海があるなら、海辺もあるはずでも、このままあなたが来ないとして、決して、あなたのせいではない。私はあなたを信じている。私は海辺で、陽の昇るところを観ている。これが夕陽なら、昇れずに、沈んでいってもよかった。水源から波の次々と潰され均された海面に、澄明な暗度を垂直に奔らせて雪崩れようとしているあなたは、砂でできていたのに、砂よりもよわり易くなっていた。

背景が
飛んでいく。
まるで別れのようで、
遠方は泣き崩れ、それに伴って足場も泣きだして、
いや、泣きだしそうなまま崩れてしまっている。
ひそやか乍ら、私は、
別れに上限だけは設けていた。
もう、これ以上、別れきれません、だから、行かないでください、というと、
じゃあその上限を超えた分だけ再会しましょう、では左様なら、と、そういって、背景は、背景の手掌いっぱいに満ちていた血の色を幾条もの襞にして飛び散らかした。

飛んでいく、そう感じたとき、
私と別れる背景が、慥にそこにありました。
陽は赤く、
鳳凰のようでした。
ただし、私の大きさにはとてもかないそうにありません。
それは、
あなたのような鳳凰でした。
が、あなたは背景の中軸で極限まで自らを見えなくしていっても、竟に私を最初から見てくれませんでしたね、やさしいから。今でも無同然のあなたに、添えられ尽くしてしまったこの空白に、反射する光彩があなたにも美しくありつづけるようにと。信じています、信じてください。

  一

子どもたちが孤独を望ま失くなった日を穿ち
私と世界が捻ジこまれて適《ゆ》く
天上に
確かに罅が入って適く
孤独は睛眸に棲んでいる天使らと
固唾を呑みながらそれを瞻《みあ》げている

失くなったものに一つ宛《ず》つ封をして
投函していたポストの裏側で身を陰《ひそ》めている
あの孤独を私が祝福してあげたい
私の母親を手向けるから
どうか孤独も
私として
生まれて来てください
換わりに死活なく私を愛して

数え限《き》れない羽衣が
天上まで投げ騰げられ
方々に分かたれ適く子どもの私を零度《つめた》い繭のように包るむ
誕生の一《はじまり》からは絶えず軟らかな潮風が戦いで
母なる両腕を貌彩《かたど》ってひろがって適く
それから
孤独の喫《の》む煙草の尖を掌握する
ジュッと立ち抗《あ》がった烽煙《けむり》が
波打つ標識《ブイ》のように浮沈し願いのように淡《うす》れた
孤独の眼に烙《や》き著《つ》いた消灯は天使の影像をシナプスに投じ

私が祝福され果てた後
愈よ
降りてくる
世界は孤独を衛《まも》るため
それだけに孱《よわ》く創られている
されど孤独にとって世界は催涙や愛しみではない
それは宛もなく孤独に送り返される
ヒマワリの原色 そして
私の胎動を孕む
子どもには生めなかった豫言《はず》の母親

現《いま》に失望《すべて》から再起した歓声《よろこ》びが
昂《たか》らかに早鐘を鳴らして孤独の肩骨に宿り
ミルク状の羽音を加熱《ぬく》めて適く
空《うつ》ろに懸かっていた首吊りの環も眼一杯のヒマワリへ咲きかわり
踏み台に腰を卸した原点《ゼロ》に指先のように根を搦《から》めて
最後にこう奏る
つまり花は音律で
原点の躰は霊水であるがゆえに吸血され
その音雫《しずく》があまねく私を媒《つた》い
孤独の耳に韻《ひび》いて
あなたは孤りではなかった!
 あなたはもう独りではなかった と!

  二

こわいんです、私に目が二つあること。あなたが私の両目を指でさすとき、私には、片目が無くなった感じがある。こわいんです、私には、私になにが二つあってなにが二つないのかが、いまだにわからなくて。あなたは一つしかない私の部分に、そっとあなたの部分を足すから、私は一向に数えきれないんです。私には魂が二つ、体が二つある、二つあるはずがないことくらい、ちゃんと解っているはずだのに、どうしてか、あなたのそれらを一緒に数えないわけにいかない。あなたは、私のような顔をして、私を嗤う、お面をかぶった誰かです。そう。誰か。私と同じくらいおそろしい、あなただけの名前です、誰か。それでいて、私でもいい誰か。誰か。たすけてください、こわいんです、私にはどうしてよいのかがわからないんです。たとえば、私が絵を描いているとき、私は書かれたがっている文章になります。あるいは、文章が私に書かれているとき、私は、描くべき絵になります。私、絵と文章を同時にかける絵と文章になりたいんです。こうして書かれていく文章のために、あなたのイメージとして完成されてゆく一枚の絵画が、もはや私と呼ばれはじめている。私を。描かないでください。私に文章を描いてください。絵に私を書いてください。やっぱり、なにもかかないでください。かかれている私は絵か文章であって、絵と文章にはなれない。あなたがたすけない私はたすからないでください。私って、誰ですか。誰か。あなたではない誰か、私に、私をおしえてください。私の意味が二つに分離してゆきます。まるで、最初からそこに二つあったかのようです。二つがあるせいで、対という一がそこには成り立っていて、懲りない私は、それをまた私と呼びいつのまにか分離してゆくさまをみつづけています。私はときどき朝になります。朝は夜の対義語です。夜は昼の対義語です。しかし昼は、朝ではなく、私の対義語にして、失くさずに、大事にします。私がわからなくなったとき、あなたは、昼のことから、おもいだしてみてください。いくつにも分離していった跡が、まるで日光のようにあらゆる一周から還ってくるさまを最後までみまもっていてください。その総体が昼です。昼はいつでも私に寄り添っている。私はあなたに寄り添っている。あなたは私を見ていないときにだけ、昼を見ることができる。あなたに私が、私にあなたがもう見えていないころ、まだ、すべてははじまったばかりです。

  三

 私と関わりきれることのできる人を数えたら、せいぜい三人くらいになるだろう。だから私とその三人は、地球を見捨てて無人の星で新たな生活をはじめることにする。その星はただただ広くて、三人は逃げようと思えばいつだって逃げられるけれど、私が眠っている間も、ずっと傍に寄りそってくれる。私はその優しさが申し訳なくなって、サバイバルゲームをしようなどと言い出し、かくれんぼをやらせることにする。見つかったら死刑見つからなくても死刑私と関わったことでそもそも死刑だとルールを押し付けても、反論されず、戸惑った。
 私は包丁を握りしめて早速数を数えはじめる。皆ほうぼうに隠れていく、その音がひどくさびしくて私は、私の方こそ死んでいるような気になって、目を閉じたままこのまま死ぬまで数を数え終えられないようにと願った。
 するとドスッと音がして、慌ててふりかえる。遥か頭上から包丁を落とす私と、あとの三人がいる。あの三人は、もしかして、あの三人なのだろうか。私はひどく不安になりながら、隠れたはずのあの三人を、探しはじめる。
 もし、頭上の三人が地上の三人と同一だったとしたら、死刑にしなければならないはずだが、同一だという保証がどこにもない。保証がなくとも、現に見つかっていない地上の三人は死刑が確定している。私だけが鬼なら本当には殺さなくて済んだのに、どうして天上にもう一人私が居やがったんだ。ずっと、ずっと隠れてやがったんだ。死ね!
 私はむっと顔を顰めて、包丁を投げ上げる。ふっと天上の私が消える。そして包丁が垂直落下しはじめた後に、そいつは再び出現した。一体、なんなんだ。落ちてきた包丁をよけると、地上の三か所から三つの包丁が同時に打ち上げられた。私は顔面蒼白になって、みーつけた! と絶叫した。天上の三人がふっと消え、包丁が垂直に落ちてくる。落ちてきて、落ちてきて落ちた。私は慌てて三方向にかけよった。
 しまった! と思った。ここで私は、私を二人も増やしてしまった。不安になりつつ各自で例の三人を探してみたが、そこにはただ包丁が落ちているばかりだった。私がかえりみると、私と残り二人の私が、同時に、私たちの成す円の中央をみた。
 引っこ抜いた包丁を、私たちは中央に向けて投げた。ぐさっといって、包丁が互いを刺しあった。私は天上を見上げた。そこでは幾千万もの私が包丁をふりかざしていた。死刑。その時を覚悟した途端、奇妙な形に刺さりあっていた包丁がビュオンと言って上に向かい、同時に私の周辺の至るところからも、ビュオンと包丁が上がっていった。
 一方で、天上から振り降ろされた幾千万もの包丁が、それらとぶつかってまた刺さりあった。刺さりあって静止しているところに、至るところから、あの三人がかけつけていく。そして至る方向に包丁をひっこぬいて一斉に構える。変だ。今度は全部の刃が、私一人に向けられている。
 私はしゃがみこんで目を閉じて、できる限りの速度で数を逆から数えた。途中から啓示のように口が勝手に動いてついに一まで辿りついたとき、肩を叩かれた。目を明けると、私の周りに包丁が三人立っている。その包丁が私をふりかざして、私に振りおろしたとき、私は、私になり、あの私ではなくなってしまった。
 それからばったり倒れた三つの包丁を鞄に仕舞い、私はあの三人を探しはじめる。星はただただ広くて三人はいつだって私から逃げられたけれど、私が眠っている間も、傍に寄りそってくれていた。三人は眠ったふりをする私のもとに寄り集まって、よく寂しいと言って泣いた。私はこんな寂しい星に三人を連れてきたことが、ただただ申し訳なくて、三人が眠ったころにいつも一人で泣いてしまうのだった。

  *

あなたが好きなものを私だけは嫌いたくなかった。ひとつの世界とはそのようにして終わりを遂げます。枯れゆくすべてから、今、あなたが好きな言葉だけが咲き、始まりも終わりもない一篇の詩になってゆきます。
開かれたままの本が勝手にめくられるのを待っています。あなたは今、始まらないものがたりの中で私を待っています。

 *

いつか好きでなくなるために人を好きになる人などいない。歴史に、こう刻まれてあった。明日も鮮やかな碧眼になるために、隣で地球がまぶたを下ろしている。もう、眠ってしまっているのだろうか。すみません、この歴史、私のなんです。でも読めば読むほど素的なメモですね。
夜、と謂うらしい。夢に下りたつめたいまぶたに触れる、つめたい指さきから波紋は広がる。その波に揺られ、向こう側ではカラカラと星のかざぐるまが廻る。風は常に遠くなっていく、次の風より、またさらに遠ざかりながら、きらきらした音だけ鼓動として高鳴りつづける。

過去は
夢に課すものを予感と謂い、
そのどれもに終わりを命じている。

(始まり全てに、終わりがくるみたい。それなら、全てが終わる夜に、あなたが時間を止めてください。そして会いにきた人にキスをして、その人を、私の名前で呼んで。名前は、まちがってもいい。それがわざとでも)

 *

人は、いつも、
人を好きでなくなる時や
人に好きでなくなられる時を
予感して生きている。

全てが終わる夜、太陽が、地球の好きな化粧を落とす。いよいよその素顔が明らかになる、という寸前で、洗面所は停電した。地球は、この時に備えて周到に用意していた避難用のバッグから、懐中電灯を取り出す。スイッチを入れてみるが、点かない。窓の外、月の灯も消えてしまっている。
名前を呼ばれて、朝だった。化粧したあなたが、いつものようにまぶしい。永かった昨日より一日だけ永い今日を、あなたは、明日と謂う。そして明日もう一度キスをしようと言う。もう一度。

 *

いつか好きでなくなるために
人を好きになる人などいない

遠い風は
もう
頁をめくらない

あなたがカーテンをめくり
足もとへ流れてくる日なた

青と青のすきまから
こぼれた白を
享けとめる小さな指さきに
あたたかな日の暈を
嵌めてあげたい

  *

 癒《なお》らぬ疵《きず》のうずくあなたに、一輪のガーベラを贈ります。そだてた男を思いながら、その唇で花の意味にそっと吻《ふ》れてください。いつの時代も、少女に指《ゆびさ》されるのはただ一輪のガーベラであり、咲かせるのは死ぬる囚人であります。悦びが死にゆく光りなら、哀《かなし》みは生ける闇《くらが》り、あなたの羞《は》じらいはぬかるんだ望みへと沈み、仄かにかがやきを初めております。あなたは花のももいろに肖《に》ている、死刑囚に育てられたこの一輪の花の。だから私はあなたを愛します。いつの時代も生が愛されるのは、ただ一人、この死者によってでありますように。

  *

 眠る胎児と一しょに、臍帯で右目の無い人形が育つ。それは胎児の前世を模った、いずれ消えゆく生命のプラスチック体である。しかし無知なるこの人形は、親近《ちか》いものが右目を潰したのだと省み、固く鎖した左目のまぶたに疎遠《とお》い無色をのぞんだ。代わりに鼻は血なまぐさい母性愛をむさぼり、耳は羊水のめぐるのを聴き。心臓はなおも紅くふとり続けている。
 不安なる人形には右目が遺した有色の記憶ばかりが思いだされて、次なる欠損を惜しみにくめども、うつろなかれにはいまや来世も疎遠《とお》からず。痛みもなく潰れてゆく肉体の要素として、ひらきかけた左目を瞑りなおすけれど、いよいよ出生の時さえ来至《きた》れば、心臓や鼻、耳、そしてこの左目などは全て、右目とひとしく母なる臍帯を融通し、眠る胎児の、玩具箱のような胸部へと片づけられるであろう。かれは定めを悟り初めている。
 胎児は人形より解けだすそうした気配を摂りながら、生まれ出ずることの歓びに胸をふくらせる。それから遠近法を現世《いま》に両目に学びきるまで、すでになにものも見えぬ冷たき前世の臨終を感じ眠りつづける。

 *

水の膜、触れるには脆そうな。
表面に幽かな蒼が融けこんでいる。
それを隔ててあなたがいる。
きれいなものを識るたび、
消えたいと切望《ねが》う私が、
その膜にゆらゆらと映り
あなたの横顔をにごす。

肺を欠乏におかされて吸いこんだ、
この温度すら、あなたは語《ことば》に染める。
幻視に揺らぐ果樹、
その根にやどる結石が
縦《たと》い私の語意でも、
今の私には依《たよ》れそうもない。

すこしほろ苦い、あなたが水膜《すいまく》を敲く。
私も仕返そうとたち添えた、てのひらから、膜は刹那《せつな》く波紋のように破《わ》れた。

喪失をかたどった沫《あわ》が、
あなたもろとも消え、
永遠の淵から炙りだされた
琥珀の景色の、柔な匂いだけ、そこに残して。

私は。
あなたからきれいにされた呼吸の一片さえ
ばらばらに壊さなければならなくなった私は、
まだ、なにも、こわせない。

積み石のように建ちあがった夕のすきまを蝕んでゆく
灯りの色から、
ゆっくりと、
目をそらして。

 *

私が止めると私が止まる。木製のあと味、ずっと噛んでいたアイスの棒が、口唇から剥がれた。その棒にめりこんでいた歯形も剥がれていった。消化されたものはもう嘔《もど》らないということを、ようやっと惟い知る。

私の、方向が、ない。

時計から欠けそうな針が、マイナスの形に開いている。私の瞳は るえているのか。こんなにも眩しく筆跡をなぞ のに、悪いのは蛍光灯だと思いこんでいた。自由、それは回転して る、つぶれそうなほどの自由、なのだ。夜だというの 手の平は案《つくえ》にはりつき、だれにも抱きしめられなかった影が、影に握られた夜だというのに、夜だ、というのに、二個の器官が、いつまでも手の甲をみつめて、しかし、逃がしては れなかっ 。どうにもならない瞳がふるえる。悪 のは鏡像の蛍光灯だと思い込んでいたかった。

まずくなった緑茶を飲み干す。時計の針がずっと止まりつづけている。ここからは、もはや止まるべき方向も奪われていくようだ。あらわされてはならない表示が、統べて否定形に展開していく。例えば、あらわれてはならない消失点が十字に割けていく、そのように、
血は叫ぶ、
 愛して、
 愛させてください愛を下さい、
 愛を下してください。
私は叫ばない、
 血を愛している。
愛は叫び、愛を叫ばない、

私は
止まっていたのだった。
鼓動にやぶれた残響が、
一個の心臓の層に挟まれて、
はたはたと、悸《ときめ》いている。

私はアイスの棒を拾った。ついで歯形も拾った。それを再び歯と噛み合わせた。唯一拾えなかった不在が、足下で腐っていく、その還元として、新化しなければならない私に、向けられるべき刃にもやはり方向がない。
もし刃に方向があれば未来を刺して過去に刺されたところから吹き出す鋭角の光で現在《いま》の連続を串刺しにしたかった。

 *佇む体

どこかの喉からかあふれた声が
耳からひたひたとはいりこんできて
鎖骨のあたりで
あなたの気もちへとかわり
血液の遁走がとまってまもないきずぐちに涌きだし
えぐるように沁みわたる

はだかでこごえる未経験なあなたたちと
ひとしい振れ幅でながれている
なまぬるくうるおった
愛しさは
ほそくちぎれそうな首すじから
脹れあがった足のつまさきへとながれ それから 粘着質な床へと伝い
あなたのなかにめぐっていたゼロやたゆまぬ問いをみちびき光とまじわり遠くそらへ
空へ
穹へ旻へ
あああなたは生まれる
あなたはこの世に生まれるまえにしていたうつくしいフォトシンテシスをおもいだし
うしないゆくものたちのかわりにおそらくはあなたの足のうらであろう歪な平面にひろがる
つめたい哀しみを吸収し からだに放たれた母乳のにおいのなかにはじめての生育を感じはじめている

あなたとかのじょの声がであって
ふたりの心臓に孤独として
きいろい花がひらいていたのであれば
おもいではまだ
あなたにかえったばかりの
触れられない
うすむらさきの弔い

思想の種をたずさえて
あなたの柔らかいしろい声が
さらさらとかのじょへ運ばれるとき
くりかえす季節のながい営みにより
朝におとずれるひとつの春は
そっと
さびしさにたゆたう
太陽の憬れ

あなたはゆっくりと手脚の形状をわすれ
地球に根をはりながらうごかない存在になろうと
はなれそうな意識を
すべて
眼球にあつめて
みどりいろのきずぐちをみている

だんだんとあなたは
唇の位置をつかめなくなり
ついにことばは
ゆっくりととじた瞼からにじむ浮力だけ

かのじょの胸との連絡をもとめて風かみに伸ばされたあなたの十本の茎は時間をおって四方にわかれてゆく。あなたのために生まれる人をかぞえたぶんの葉がそこに生えるとして、宇宙の胎動にあやかるこの追憶を死とよぶのならあなたたちのいのちはなんのためにあった。あなたを生み殺した一途の愛へかえそうとするまことのしあわせの歌がまだあなたの原型を保ってくれているうちに、保存されたあなたの人間性をおもいだしてしまわなければあなたは死んだあとにする正しいブレスをわからないまま、うごけないふるさとを聴くだけの不死身なみどりいろになる 動物でも植物でもないうつくしいだけのみどりいろに。あなたたちは生まれることがすなわち死ぬことだとだれかに学ぶけれどほんとうにそれを気づいた人はほとんどない。瞼をあけると血液が痛みをともない燃えるように熱くあかくあなたのきずぐちからあなたの管を逆流するのがみえる。だらだらとしたたりだした水分は首すじを伝い粘着質な床からはがれることに成功した足のつまさきへとながれつき、それから 遠くそらへ空へ穹へ旻へあなたのかぎりない誕生を祝うかのように蒸発しあなたは男の生体をとりもどす。

いのちを売るように
文字を売る
私の生活という腐葉土に
たおれている
はだかの女
しろい肌にきらめく
やさしさ
それを
さびしくなるまで
じっと見ている

チューリップの球根を
女にたべさせ
そのおこないを
会話とよぶ
水をのませても
花は咲きそうにないから
私はせめて
かおを近づける
けれど
彼女の視線は
私の角膜の奥をさぐり
出るはずのないなみだを
まだ
まっていて
私は
くちびるに触れられないまま
そっとやわらかい女の手先をにぎる
ちからのない指から
いつかのキスを想像して
それから
さびしくなるまで
となりにねむる

音をたしかめ
私を洗浄するゆめのなかから
したたってくる望みと
千本のチューリップにしずむ
よこたわったふたつの肉体
ああ
女を揺さぶるほどのいぶきが
ふたたびここで詩になるとき
そのしらべを
きっと
平和とよぶのだろう
女のやさしさのもとに
育ちやまぬ善美があるなら
私はそのきらめきが根こそぎ枯れ
さびしくなるまで
そばにありたい

 *十字架

私に辿りつけない系図が、皮膚にびっしり張りめぐっていて、ところどころ筋が腫れあがりながら、蒼く静止している。その支線には血が筋肉質に流れつづけ、そして、私が私に血を流すのも、おなじだけしずかなことだった。あらゆる行き先から私の血は異論を立てられて、そのたびに引き返そうとして、もう、どこまでも、行き先しかなくて。ぐッと、停滞する血。停滞したつもりが、無慚にも、巨大な全体へ円くひろがって行き、ただ私の視点ばかりを害する鮮やかな汚点《しみ》となって。今は色褪せている。褪せてしまった血の発色を、私の美感はゆるせない。抱きしめようとしたのは、死体ではなく独《さび》しさだった。私たちは最初から判っていたのだ。この血は私の子孫でもなければ、祖先でもないということ。

流暢な
あなたの炎で
もっと
多くを
かたらせて
ください
did u kill u?
4 in STANCE
精液の音と
あなたの愛した勃起
i listen to the vagina
気泡のなかには
病のように
あなたが
まだ棲んでいて
睨んでも
水に
がんぼうは移らない
i loved me
i am my u
did i kill u?
この黒々とした縁取りに
あなたの内臓や性を
はめさせて
ください

 *廻向

凍り付いても血が凝結することは亡いこの脈絡のどこで私に発熱など出来ただろう。どうしても、母親からは人間で生まれてしまって。それでも心臓がふたつ有れば、あなたは私の肺では亡かったとしても体温ぐらいにはなってくれた、緊張したシステムが新たなはらわたを作りはじめて居るこの身体の。
私が頭脳のよいものばかり摂れるSetting The Esophageal Weepだったら、あなたと被膜すら張り合って居られるのに、どうして心臓では亡いものばかりが出来て行くのだろう。

言い淀んで
人間は延びてしまえるくらいだから
私を唱えながらあなたもやがて居亡くなれるね。

言い淀んで

文学極道

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