隣に居るだけだとしても
あと少しだけ僕を手放しきれない
あなたのくすり指が
愛しい
がらがらになった電車で
鞄を太ももに載せて坐る
あなたの
靴は八の字になっている
三角州を思い出した床が
爪先の間を末広がりに流れてくる
あなたにとっての僕の全部が
つちふまずの陰りに
淀んでいる
交換できたらいい、
死んだ方がいい僕と、
あなたの中で
生きてほしい僕
車窓に浴びせられるドス黒い豪雨が
滂沱としたツバに思える
うつむいた僕は
意識を脳天からかすかに飛ばす
それでももう届かないのかもしれない向こう側の向こうまで
ふたりでならまだ飛んでゆけそうな気がした
ゆるされるまで
電車を降りてからアーケード街を歩いている
目に入る看板を片端から声に出して読んでいると
あなたは一々読まれた看板をさがし
見つけたときには
もう次のを読まれている
握っていた僕の手が
ひらきかけてきても
あなたは段々にぎり直さなくなって
とうとうしゃがみこんだから
手をさしのべると
つかんでくれたのに
その拍子に欠けてしまった
あなたのくすり指
くすり指ほどにしかなれなかった
あなたにとっての僕
僕って、
非力な小声で笑いかけようとすると
あなたの顔は僕の顔に近づきすぎていて
むしろ、すぎて
いった
僕は
あなたを愛しています
あなたより、僕より、愛しています
道端に落ちている靴下の意味がわからない
目線をあげると、弧状のパースペクティブが直線化され
あなたにとっての僕の外部も含めて
草莽から空へ氾がっていく
終着点まで来ては
その都度、行き先を変更し、
降りやまぬ黒い線に
ビッと引っかかれまくって
やがて来た夜は、朝に行きたい夜は、朝に、溶けて
暗い爪先から全身を光につらぬかれても、朝になら
かつて抱きしめた、その、斜陽の胎になら
生き埋めにされていいと願う夜は
夜は、
償いですか、愛ですか、
そのどちらが
僕ですか
あなたに
聞いているんです
あなたに聞いているんです
あなたは僕に死んでと頼んだ後にメールであやまってくれました
でも気に入られるようにあやまれるほど足すべき語彙を知らないあなたの
携帯電話の画面がなげうたれていてまぶしかったベッドで
受信音はふるえていました
それが僕からなのでした
だからあなたも一文の返信をくれました
それより他のことはもう覚えていません
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選出作品
作品 - 20100901_102_4678p
- [佳] 心中未遂 - ただならぬおと (2010-09)
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心中未遂
ただならぬおと