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作品 - 20100706_884_4529p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


神のもん

  右肩

 わたし、おふだが降ったらお伊勢に行くんだよ。
 いつ頃?電車で?
 降ったらだよ。降るかどうかわかんないじゃん。
 わかんないのに行くのか?
 わかんないから行くんだよ。良ちゃんはロマンがないよ。
 ロマンと無計画はべつじゃね?
 それ、いじわるじゃん。バチがあたるよいじわるな人には。
 え?あたるの?
 えい。
 あ、痛ッ。
 ほらあたった。
 おまえ、痛いんだよ、それ。
 いじわるだからばちがあたったんじゃん。
 バチって、おまえつねっただけだろ。 
 神が奈津にやどったんだよ。つねらせたんだよ。憑依だよ。すげえでしょ?
 あっ?バカじゃね?バチっていったら神罰じゃん、まじそんなセコイのかよ?
 コバチ。
 え?コバチってなによ?
 小さいバチがあたるから小バチじゃん。大バチ小バチで日が暮れるんだよ。
 そりゃ、大バカ小バカでご苦労さんな。
 ちがうもん。えいっ。
 痛いってんだよ。しつこいよ。
 連続小バチ。
 体操の技じゃんそれ。
 いいじゃん。
 そう。じゃさ、ほれ。
 何すんのよ、いきなり!
 必殺、バチ返し。
 どこ触るわけ?ヘンタイ!
 神の門じゃん。シーザーのもんはシーザーに、神のもんは神の門に返しまあす。
 ああ、もう、どすけべ。そういうデリカシーのないの、奈津、すっげ嫌いだって。いっつも良ちゃんに言ってるよね?
 おふだを納めに参っただけだよおっと。それっ。
 おっと。
 え?そういう展開じゃねえの?
 ばあか。今あれだよ、あれ。ざまみろです。
 やばっ。まじショックっす。
 まだあの日、おぼえてないって、まともじゃないよ。血がついちゃうよ?バカ良ちゃん。
 ううんと。じゃ、後ろからいく。
 はあっ?何?
 へへっ、後ろっちゃ後ろじゃん。新しいヨロコビじゃん。
 げげっ。げげげのげ。
 おっ、鬼太郎をたたえる虫たちの唄?
 そんなことしたら殺す。どヘンタイ、信じられないよ。
 地獄送り?やばいなぁ、そりゃ。
 ねえ、良ちゃん、へんなビデオとか見過ぎでしょ?
 冗談だよ、冗談。
 ねぇ、変なの見てるんだ?
 見てねぇよ。
 嘘つき。神の御まえでザンゲだよ?
 えっ?お伊勢さんでもザンゲとかあんの?
 あるよ、良ちゃんなんか嘘ばっかだから、絶対上から水かけられるよ?どうよ?
 おまえさ、それむかしのオレたちなんとか族がどうのとかってのじゃね?いつの生まれよ?
 パパがむかしとったビデオで見せてくれたもん。
 マニアックだよ、奈津パパも奈津も。おれ、マニアじゃねえからね。しかも、それ伊勢、 ぜんぜんっ関係ないし。
 ええじゃないかええじゃないか。
 なんで、そこだけピュアに伊勢よ?
 おふだが降ったらさ、良ちゃんも一緒に行くんだよ?
 降るのかよ?
 たぶんぜったい降るよ。
 たぶんなのか絶対なのかどっちだよ?わけわかんねぇよ。
 あ。良ちゃん、今のとこ、爆笑問題の田中さん入ってる?
 わかった?

「奈津、電車で行くよ。

  神都線の路面電車で行くんだよ。

 集まっている黒い雲と黒い雲の間は、しばらく前まで夕焼けで真っ赤だったよ。それが だんだん勢いをなくし、夜の暗さと雲の黒がしんから黙り始めてしまいます。
 電車の屋根のパンタグラフが、ばちばちと火花を飛ばします。
 そうやってほの暗いお空にもういちど火を付けようとしているのです。
 薄い絵のように透きとおる人びとを呑み込んで、電車が動き始めます。

  がったんごとん。がたごとん、ごとごとん。お伊勢は近い。ごとごとん。

 続くのは軒の低い家とコールタールを塗った電信柱ばかり。
 それもほんのもう少しでみんな影になってしまいます。
 こんな幽霊電車に乗ってお伊勢に行けるのか、と奈津は泣きそうでした。
 それでもようやく窓に田んぼが現れると、田んぼは移っていく宵口の空を滲ませたみず田です。
 ぴたあととまった水の上に
 過ぎていく、
 暮れはてていく、
 お日さまの一日。
 そんなところから、ゆっくり走る電車からでなければ、高天原は見とおせません。
 一生さまよう覚悟があれば、お伊勢は必ずどこかにあるが、
 高天原は幻です。

  なつかしや、高天原。

 奈津はどおしてこんなけがれたところに来てしまったんだろう。
 どおして、どおしてこんな……。
 ひどいよ。」


泣いてもだめです

文学極道

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