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作品 - 20100617_359_4477p

  • [佳]   - 坂口香野  (2010-06)

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  坂口香野

あしたにはあえるのだ
と思ったら
心臓が身構えて
つるべをきりきりと巻き上げ
血はわざとらしくゆっくりと巡りだす
この風なら船脚は速そうだ
でも君の船が港に着くまで
時間は十分にある
今夜はうすのろの野良犬みたいに
たっぷりと眠っておかなくては。

最小限の力で穴をあけるには、錐の要領で押しながらねじ込むこと。夜の鰯雲は雨のきざし。どうにもならんよ、と歌いながら、君は脚漕ぎアヒルボートで傍らをゆく。黒い凪、後の月、銀製スプーンの櫂なんか放り捨ててしまえよ、と君が歌うと、手の中の櫂はとぷん、と気持ちよく沈んでいった。あらら、これでは困るじゃないの。知らないよ、と子供のように歌いながら、君はペダルを踏んでさらに沖へと漕ぎ出していく。おおい、どこ行くの、帰ってくるんじゃなかったの。ええい困った、本当に困った、救助を、できれば至急、と、櫂も帆もない小舟の上でおぼつかない手旗信号を振り回しているうちにサイレンのごとき黎明ブルー、
朝がくる。

朱の空
三角波
消えゆく星
静かな接岸
ひょいと踏み切る
波止場の板がぐわんと揺れる
差し出される手のひら
長距離を泳ぐ魚の背びれ
迎えうつ
抱擁する
消えてなくなれ、
私の体。

船の上では冷凍エダマメばかり、あとは海つばめを釣って食っていたのだそうです。つばめなんてどうやって食うのよ、そりゃ、こうかたはしから羽をむしって素揚げにするんだよ、手羽先みたいでうまいよ、嘘をつけ。ま、いいや、嘘でもなんでも。ほら、日が昇る。空の空色がはるか洋上まで澄みわたる。朝食はイワシの開きと赤カブの塩もみとひじきご飯だよ。え、それだけですか? はい、急だったんだもの。

蜂蜜金のトランペットが鳴っている
吹流しが馬鹿みたいにひるがえる
日に透けているくしゃくしゃの笑顔
これでいいのか、と叩きつけると
これでいいのだ、と跳ねかえり
腹の底へ音もなく着地する
おかえり
昼の月
粉々にこわれた
夢の化石
あたたかく
やわらかな
たいせつなひと。

文学極道

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