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作品 - 20100602_092_4441p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


路上格差

  NORANEKO

 なんか空っぽの午前四時の町並みになんかいる僕は、夜更かしたせいで滅入って参って合わせて眩暈ってガンガンの頭を抱えて歩いてる。そもそもこの歩いてるっていう表現自体かなり強引なカテゴライズで、より正確かつ擬人法を用いて説明すれば、動くのを拒んでぐずってる右足を、しっかり者の左足お兄ちゃんが説得しつつ引きずってるような状況なわけ。
 そんな憂鬱な状況に限って憂鬱なもんに出くわすってのが、まあ、今回のお話。小説みたいだけどあくまで散文詩のカテゴリーだよ。とどこぞの教授の論文の前口上みたいなこと言ってるけどこれは俺の表現実験だよ。このさりげない一人称転換も含めてのメタ演出だ。ん、だからなんだって? そう考えた君の感性は信頼に値するってことさ。 話を戻してまあそんなこんなで今眩暈ってめっぱの僕の目の前には、今一つぱっとしない歩行者道路が味の抜けたガムみたいにのっぺりと続いている。で、これが結構幅が狭い。今回は一匹の猫の話なんだが、まさに、猫の額って表現がしっくりくるんだよ。ああ、なんと素晴らしいこの統一感! うん、統一感こそは作品を作品たらしめるものなり。
 さて、また話がずれた。読者諸君、堪忍袋の緒が耐え兼ねているとは思うがもう一縛りして欲しい。先述のとおり、ここから話の本題である、一匹の猫が出て来るよ。
 さあ、猫の額ほどの幅の道の右脇に、僕の腰よりやや高いくらいのポストがある。赤い、と安直に形容したくなるけど、それを躊躇わざるを得ないほどに色褪せて黄ばんでいる、そんなポストの、上に。
 猫がいる。黒トラの……とまた安直な形容をしそうになった。いや、基本的に面倒くさがりな俺はさっさとそう書いてしまいたいのだが、もはや躊躇わざるを得ないほど、その黒トラは“黒トラでない”。
 その猫の黒トラはね、青いんだよ。もう。すっかり生気が抜け切って、もはや『病める青』たる『蒼』なの。おまけに毛はパサパサであばらが浮き出て、骨張った顔から異様に浮き彫りになる二つの灰色の瞳だけが、割れる寸前の硝子細工のような、神経を震わす透明度を持っていて。この子、明らかに長くないなって思った。
 僕はこの子を『蒼バラ』って名付けた。蒼くてあばらが浮き出てて、でも顔立ちには品があってその目が綺麗だから。危うげなたたずまいも、この名前に馴染んでる気がした。
 で、僕は蒼バラに触れようとしたのだけれど、もう目が合ったその瞬間にポストから飛び降りて、僕の前方、目測およそ3mくらいのとこに着地したの。
 ああ、本当に辛酸舐めてきたんだなって僕は思ったね。僕はうさん臭くも優しい人間だから、その哀れな猫に向けて語りかけたね。猫目言語で「大丈夫だよ」って。擬音化すれば“ふにふに”って。
 すると向こうも猫目言語で応答したんだ。擬音化すれば“ふにぃ、にぃ〜っ”って感じの。うん、なんだかんだで「わーねこかわいいー」って和々(※1)したよ。
 でもね。直後にその猫を襲った鳥がいたんだよ。黒い羽で頭が良くて、とっても素早いあの鳥がね。
 そう、意外なことに、ツバメなんだよ。かの有名な童話で黄金の王子の像の使いとしてはたらき、最期は彼と共に天国に登ったあの尊い小鳥の近親者が、電線から二三匹滑空して、死にかけの蒼バラめがけて飛んでくるんだ。スレスレを掠めて、すぐ舞い上がって。苛めてんだよ。
 信じがたい光景に唖然愕然呆然とが一瞬の怒涛となって頭蓋を殴ったよ。もう助けてやる間もなく、萎れた蒼い花は、民家の青い軽自動車の下で、その陰に隠れて震えていた。
 そして、出て来なかったよ。もう。あの灰色の両目で、僕を凝視するばかりで。僕はただ、それを見つめて……うん、あれは俺にこう言ってたよ。

「オマエモ、コウナンダロウ?」
 って。今、思えばね。……さて、賢明な読者たる君は、俺のこれがフィクションであることを前提に読んでいるはずだ。ああ、その通り。

 こんなことがあってたまるか。





※1:なごなご。自作形容詞で、意味は字義どおり。

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