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作品 - 20100529_032_4429p

  • [優]  水晶 - ゼッケン  (2010-05)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


水晶

  ゼッケン

マミー’ズ・マムの店では
ぼくをミイラにしてくれる
ぼくは即身成仏コース49日間を選択した
頭蓋穿孔をオプションにつけた
三角形のアクリルの板を4枚貼り合わせただけの
頭に載せるピラミッドのミニチュアはサービスだった
ブルーとイエローとピンクの中からピンクを選んだ
ぼくは茶目っ気があるとマムに思われたかった

当日、言われたとおり頭髪を剃り落としてきたぼくは
店の奥の小部屋に通された
部屋の中央には床に釘付けされた椅子が一脚ぼくを待っていた
椅子の座面には穴が開いていた
あそこから排泄するのだろう
ぼくは血栓が生じるのを防ぐ弾性ストッキングを履かされた
それから椅子に縛り付けられる
マムは点滴の袋を金属製のスタンドの先にぶらさげながら言った
楽しんでね

頭蓋骨を削られている最中にぼくはすこし酔った
ごりごりという振動が頭の中いっぱいに広がって
眼球を裏から押したからだ
それ以外はとくに不快感は覚えなかった
マムにピラミッドのミニチュア(ピンク)を
穴を開けたばかりの頭頂に載せてもらった
似合うわよ
ぼくは少しばかりの愛想笑いをマムに返した
眠かった
点滴にそういう薬が入っているらしい
49日間をかけてぼくはこれからミイラになる
方法は複雑ではなく、基本餓死だが、
最初は水分と養分を点滴で補給される
意識を維持したまま
ぼくは7週間かけてじゅうぶんに肉を失っていく
死のスピードを上手に制御し、過程を可視化する
ぼくは変貌するだろう

死に始めてから2週目、ぼくはいまだに腹が減っていた
それから幻覚ばかりみていた
声も聞こえていた
穴を開けた脳の表面を何かが這っている
腐ったのだろうか
ぼくはマムに尋ねた
マムは心外の意を表明する皺を眉間に寄せて言った
違うわ、根を張っているの、いまは
それからいまに立派な世界樹があなたの頭のてっぺんから
伸びて世界へと枝を張り巡らせる
ぼくはたぶんマムに言ったのだろう、そんなことになったらピンク色のばかげた
小さなピラミッドのミニチュアが世界樹の頂で風にぶらぶらと揺れるんだね
夜の雲の上を飛ぶ国際線の飛行機の窓から
揺れる三角形のアクリルが月光を反射しているのを見る

5週を過ぎた頃、部屋にぼくとマム以外の他人をマムが連れて入ってきた
スーツを着た男たちに囲まれて腫れ上がって痣だらけの顔をした、
わずかに残った黒髪からアジア系だろうとは思うが、
性別の見分けのつかない人物を
事務用の折り畳み椅子を持ってきて
ぼくの前に座らせた
お願い、視て
薄くなった瞼は開かなくてもすべてがぼくには見えていた
ぼくはその人物を見た
何かを視た
ぼくの口から果てしない桁数の数字が流れ出る
人物がぎゃあ、とわめく
男たちに連れ出されていった
ありがとう、マムはしかし、その指先は
ぼくに触れなかった

7週目に入ってマムは最後の点滴を外した
いよいよ行くのね、寂しい
マムは部屋の電球を消し、扉から出て行った
ドアを閉めるときにいちど振り返った
ご利用ありがとうございました
一礼してマムは小部屋の扉を閉めた
カチリと外から鍵をかける音がして
ぼくは暗闇の中で思った
うそをつけ
マムはぼくをいちどだけ道具として使った
支払わせなければ
ぼくは干からびた舌先の肉を噛んだ
血はわずかに出た
ぼくは薄くなった肉片を噛み切った
心臓が光を放った
噛み続けよう
これでじゅうぶんだ
一週間後、ぼくの脳天から伸びた世界樹が星の侵略を開始する
人々は
それぞれの葉っぱの上でいままでに食べた分の皿を洗わなければならない

文学極道

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