窓を見ていた
ぼくが動かなければ窓も動かないようだった
一間しかないフローリングの床にぼくの首は転がっていた
見える範囲で窓を見ていた
ガラス越しに視界は流れない雲で充填されていた
真空パックの光沢で密封されていた
ぼくの首が、あるいはぼくの首以外が
ビニルの皮膜で包まれていた
そろそろ猫が鳴く時刻だろうと思った
部屋にはもともと猫がいないことを思い出した
猫好きだったことなど一度もなかったが猫のことを思った
すこし悲しい気持ちになった
ぼくは自分をすこし悲しくするのを好んだ
感情的沈黙に耐えられない
水面から水滴が撥ねる
ぽちゃんと音を立てて元の水面に落ちる
世界はそうやってあした終わるそうだ
ぼくとかがふたたび水面に落ちて無秩序に溶け合う
果てしない自由度を持った光速の運動体になる
ぼくとかはなんとかと見分けがつかなくなる
個性と自由は相反する
それがあした起こる
そんな日の前日は
にゃーと鳴く
すこし悲しくなった床にぼくの首は転がっていた
コンタクトレンズがついたままの眼球を動かすと
天井はまだある
見慣れない白さだった
床と天井の区別はまだあった
キッチンのテーブルには
ガラスのコップが置かれたままになっている
場所と物が互いに近くなり始めている
記憶からガラスのコップに水を注ぐ
白くなっていく天井壁床
椅子机首、いっさいが白くそして低くなる
色のある花を一輪、
白い部屋に挿した
花の名前は分からなかった
あの花の名前を知らないぼくを置き去りにして
天井から窓の外へ
首の視線は移った
名前のなくなる日の前日
花の名前を探さなかった
悲しいことがなにもなかった
いっさいが白くそして低い
部屋が
雲を見ていた
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作品 - 20100508_590_4381p
- [佳] 雲 - ゼッケン (2010-05)
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雲
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