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作品 - 20100301_128_4223p

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偽物の猿の目は青い(東京の憂鬱編)

  ぱぱぱ・ららら

 ボードレールは人間のことを偽物の猿と言った。だけど僕が出会った偽物の猿は人間ではなかった。いつか僕の言いたいことのなにかがあなたに伝わればいいと思ってる。例えば音楽のように。例えば愛のように。僕は嘘をつく。僕らは、と書いた方が正しいのだろうか。例えばボードレールは人間のことを偽物の猿だとは言っていない。それでも、しばしば真実が嘘になりうるように、嘘も真実になりうるかもしれない。いつの日か。
 僕は空が青いことを知ったのは二十歳のことだ。それまで僕は空を見上げたことがないわけじゃない。僕は外に出る。ビルの隙間から青空が見える。ああ、そういえば空って青かったんだな、と僕は思う。偽物の猿の目はそんな青さをしている。
 偽物の猿は僕を見て、トゥルルル、と言う。こうやって書くと電話音みたいだけど、電話音とは全く違うトゥルルルだ。もっと暖かくて、もっと優しくて、もっと不規則なトゥルルルだ。チリで地震が起こる。情報はすぐに僕の元にやってくる。でもそれはただの情報に過ぎない。ただの数字だ。彼らがどんな人を愛し、誰を嫌いになり、何を考えて生活していたのか、僕にはわからない。
 偽物の猿はポケットから煙草を出し、テーブルにおいてあったライターを勝手に使い、火をつける。下北沢の雑貨屋で買った僕のお気に入りのライターだ。偽物の猿は煙草を吸い、吐く。煙が部屋を舞い、それから最初からなにもなかったかのように消える。でも匂いは残る。短い間だけれど。
 一本吸うかい? と偽物の猿は僕にたずねる。いや、いらない。と僕は答える。やめたんだ、煙草。それは残念だな。と偽物の猿は言う。僕はトゥルルル、と呟いてみた。偽物の猿のようにはうまくトゥルルルと言えない。それでも僕はトゥルルルと言い続けた。他に言うべき言葉は何もないような気がしたから。トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。

文学極道

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