#目次

最新情報


2010年03月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ポエム

  ぱぱぱ・ららら

 僕はきみを愛してる。僕が言いたいことなんて本当はこれだけだ。つまり僕が語ることは全部嘘だ。いや、もしかしたら僕はきみを愛してるということを複雑で分かりにくく語るだけなのかもしれない。ティムは言った。わたしたちは愛のために戦争にいくのだ。僕は言おう。僕はきみのために明日も仕事にいくのだ。部屋には僕しかいない。テーブルには焼酎の入ったグラスと納豆と日の消えたお香。Art-Schoolのロリータ キルーズ ミーがループして流れ続けている。もしくは未知瑠のWORLD'S END VILLAGEが。僕は美しく生きたいと誓ったんだ。誰に? きみに。僕の左上腕には女神のタトゥーがある。右手でピストルを掲げ、左手には煙草を持っている。今の世界を象徴していると思わないかい? コートジボワールの子供たちはどうなったのだろう? ホワイトデーの広告を見るたびにそんなことを考えています。ここでまた一本線香に火をつけさせてもらいます。それから焼酎を一杯飲む。焼酎はコーラで割ってある。この前キャバクラで会った女の子がコーラで焼酎を割っていた。だから僕は焼酎をコーラで割る。おぉ、これこそ人生。きみの大きな瞳は整形だろ? 知ってるんだ。クソが。僕は知ってるんだ。きみが整形してようと、してなかったかろうと、僕はきみを愛してる。お香とお酒は合わない。気持ち悪くなってくる。お香と木下さんの歌声も合わない。耳が溶けてくる。僕は溶けた耳をさわる。肌色の液体が僕の左手にまとわりつく。つまみが足りない。僕は八歳の頃から死にたがっていた。僕はその頃マンションの七階に住んでいた。ベッドに眠る僕。寝付けない僕。ベッドは壁についている。壁には窓がある。僕は窓から飛び降りようと思う。下は駐車場だ。車が並んでいる。みんなこれを手に入れるために、あくせく時間や家族を犠牲にして働いているのだ。僕は信じている。僕を。僕はまだ生きている。僕はもう八歳ではない。僕はもう七階には住んでいない。僕はもう自ら死ぬことはない。美しく生きたいと、木下さんは言った。僕は美しく生きたいと言った。たとえ世界の果ての村でただ一人になっても。僕は女の子を抱いている。それから射精する。僕はシャワーを浴びる。僕がシャワーを浴びている間に、女の子は別の男を受け入れる。その男は僕より背が高く、ガタイも良い。顔もイケメンでチンコもでかい。僕は部屋に戻り、その男を見る。それが彼らのやり方だ。彼らとは政府のことであり、社会のことであり、マネーのことだ。相手が女の子の場合はこうだ。きみは太りすぎている。きみの胸は小さい。きみの肌は汚ない。きみの目は小さい。などなど。でもそんなの嘘っぱちだ。だからこれ以上目を大きくしようするのは止めてくれ。きみは美しい。僕はきみが好きだ。僕は一口焼酎を飲む。少しこぼす。今は今のことで、僕は今を生きている。もう死ぬことはない。左手首は傷だらけだ。その傷ひとつひとつが僕の詩だ。ポエムだ。愛だ。僕は生きている。きみは生きている。ここにポエムがある。他に何が必要だというのだろうか。カモン、カモン、カモメやい。聞いているのかい? お香のケムリは消え、ここにいるのは誰だい? お前は詩人なのかい? お前は詩を愛してるのかい? お前は詩をなんだと思ってるんだ? 俺は詩を愛だと思ってる。愛によって人々は戦争に行くように僕は愛によって詩を書く。僕はそれをポエムと呼ぼう。焼酎がなくなった。もう一杯注ごう。ちょっと待ってて下さい。コーラが無くなったので、グレープソーダで割った。僕はブドウが好きだ。あと、トマト。僕は詩を書く人を信じる。僕はポエムを書く人を信じる。たとえどんなにひどいポエムでも。僕はトマトが好きだ。これはもう言ったか。みなさま、僕はブドウとトマトと詩とポエムが好きです。車も一軒家も冷凍庫も入らないです。ああ、人生。ああ、生活。そんなのはそんなのが欲しい奴のとこへ行ってしまえ。僕が欲しいのは愛だけだけです。今、この瞬間に。魚の骨をしゃぶりながら、僕はきみのことを考えている。それだけだ。後はうまくやって来れ。僕は芸術も師も人生もマネーも生活も捨てて、きみを迎えにいくよ。納豆が余っていることに気づいた。焼酎と納豆はあわないけれど、僕は納豆を食べることにする。僕はこのポエムを書き終えたら納豆を食べるだろう。それから歯を磨き、顔を洗い、ベッドに入るだろう。音楽は鳴り続けている。残りのスペースは少ない。あと443バイトだ。僕は携帯電話でこの文章を書いている。電話。僕は伝えたいのだ。何かを。言い残したことは一杯ある。次こそは、とは言わない。今のこの瞬間に。次はない、かもしれない。僕にはわからない。これが今の僕のすべてた。誰かがこのポエムを読んでくれると嬉しい。嘘じゃなく。これはポエムだ。誰がなんと言おうと、僕がなんと言おうと、これはポエムだ。僕の言いたいことは、きみを愛してる、それだけだ。あとは全て、どんな一文字だって嘘っぱちである。


死神

  ヒダリテ


長い間空き部屋だったアパートの隣の部屋に、死神が越してくる。
倉庫でのアルバイトから帰ってきた男は、いつもは消えている隣の部屋の明かりが灯っているのを見つける。

「死神」

扉に貼り付けられたプラスチック製の小さな表札には確かにそう書かれてある。アパートの駐輪場には昨日まではなかった古ぼけたスクーターが一台停まっていて、それが死神の乗り物なのだろうと男は思う。

引っ越しの挨拶には来ない。けれど、ありがたい、と男は思う。引っ越しの挨拶は、この世との永遠のお別れの挨拶になってしまう。だからもしも死神が挨拶に来ても、決してドアを開けるべきじゃない、と男は思う。
薄い壁の向こうでは、確かに誰かが生活しているような音がする。バラエティ番組を放送するテレビの音、それを見て笑う男の低い笑い声、トイレの水が流れる音。

何事もなく幾日かが過ぎ、ある晩、部屋でビールを飲みながら野球中継を見ていた男の部屋の電話が鳴る。青ざめた顔をして受話器を置いた男は、ばたばたとあわてた様子で部屋を出て行く。あわてた男が蹴飛ばしてしまった枝豆が畳の上に散乱する。

それから何時間も経った真夜中、男は酔いつぶれて帰ってくる。ふらふらと千鳥足でアパートの階段を上り、ふと、死神の部屋の前で男は立ち止まる。ひっそりと静まりかえった、明かりの消えた部屋の前に、男はしばらく立ち尽くす。
そして「死神」と書かれた扉にもたれかかり、男はそっとその扉をノックする。

……ねえ、ドアを開けてくれ、
話をしよう、
一杯やろう、
確か僕の友達がひとり、
そっちに行ったはずだが……、
ねえ……。


笑う男

  鈴屋

バス停に人はいない
ベンチを借りてタバコを喫う

畑野の上
雲の群れが底辺をそろえ、刻々と移動している
男が一人やってくる
五十前後、黄色いカーディガンのなで肩、痩せた紡錘形
笑っている
煙を吸い灰をにはじく

男の上下の唇がしきりに揉みあい
笑っている
前歯が一本、下唇を噛んでいる
窪んだ眼がとつぜん空に向かって剥かれ
笑っている
たまに、グフッと声が洩れる
近づいてくる
ズボンの皮ベルトの余りを前に垂らしながら
近づいてくる
目が合うぞ、と覚悟する間も無く
極端な上目遣いが素通りしていく
二つの水気のない石の目玉が
笑いに似合っている
通りすぎて
黄色い背中が町のほうへ去っていく
煙を吸い灰をはじく
去っていく男が横を向くと
やはり笑っている
鉤鼻を空にもたげ
唇のはしと目尻がくっつかんばかりに
笑っている

指に熱を感じる
吸殻を携帯灰皿に捨て立ち上がる

時折、雲の群れの底辺が割れることがあり
丘の上に光の柱が立ったりする
私が笑ってみる
唇を揉みあわせる、目を剥く、グフッと言う
ずっとそうやって
笑いながら町の方へ歩いていく
これで
やっていけるのがわかる


あなたは空の白鳥で、衛星があなたと僕を見ている

  右肩

机 と 机 の間に波 を曳き
 夕暮れ オフィスか ら泳ぎ出 た
白鳥の翼が 鴨や おしどり の 群れ から
 離れる        それが あなただ 
誰 の 耳 にも羽ばたく 音
空が
 またもや青い
 冬晴れ 
を残し
歩きながらしきりに振る
 首は
地上を 見はるかす鳥
 の仕組みに
 どこか
 しら 似る
  その あなた
 街のマップを
大股で突っ切る
 あなたが歩く 道す じ
それは
 航路 
と呼 ぶ のにふさ わしく
地上の人は
 皆 
死ぬ
濃淡 ある 死の   モザイク

あなたは
攻撃的に
 孤立し
 突っ切って
いく


語ろう、明日を。雲の背後を回る太陽が、雲の輪郭から光を放ち白い。僕は人に愛されない。ガスシリンダー式昇降チェアを低くセットする。事務机の前、背中を丸めている。A4の用紙に、鉄の罫線が格子を引く納品書。インク。その輝ける黒。黒の断片。断片がとりとめなく黄道に連なる。僕は空から零れて今ここにいる断片。きりきり苛まれている。だから明日を語る。服を着ているときばかりではない。裸のときにも明日を語る。裸で歴史の底に落ちている。そこは激しく乾燥しているので、僕は目を見開いたまま、決して腐敗しない。硬い底に、誰かの踵で頭を踏みつけられていたい、いつまでも。そういうことだ、明日を語るとは。


美し い とは ひとり で
 生き 抜く こと か

そうか

ひとりで 生きるもの を 衛星

 見て いる 翼ある ものの
 生きざまを翼なき もの の
生きざま  を
 ホーロー の 白いなべぶた
のような空 を 白鳥 が たどるうちに
 や や あ っ て
あなた も あなたのゆくえが
 わから なく なる
僕  を
 知ら なくなる 僕  も あなたを



地上の希望 を 占 有 し
 衛星が見ている 


海の指紋

  椎葉一晃

※各章、各節の番号は進行する順番を示す
 同一番号の章は同時に進行する
 同一番号の節は同時に進行する



1(1-5)
1.犬の視線の先を私と呼ぼう
 例えば
 稜線の向こうには青空が広がっているという
 本能と区別のつかない予断のように

 犬の視線のとどまる場所を私と言おう

2.稜線の裏側には青空が連続しているという
 本能と区別のつかない予断
2.遮られ
 滞り
 偏って
 時にはなでたり

3.舐めてみたりする
 だから

4.犬は、私を見ている
4.だから、犬は私を見ている
4.かろうじて定位した輪郭線

5.それなら、四角く区切られた海は私だね
 それなら、四角く区切られた海は私だね



2(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ

3(1-4)
1.私の眼球が
1.海を忘れた海として

2.四角く区切られた海を遡る
2.溺死したことを忘れた水死体として

3.やがて上昇する私の肘
4.海はたらいに掬われて、今、女の肘を洗う

3(5)
5.二人を死なすまいとする力が砂浜に鉄塔を建設した…

4(1-2)
1.交錯する先は砂浜の鉄塔
 彼と彼女を死なせないために

2.昔、耳に触れた美しいものを見たくて
 私は肘を洗う

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ

5(1)
1.俺たちは
 犬を捨てに
 遠くを目指して

 出発したときには
 生きていたが
 電車の中で
 絞め殺した

5(2-10)
2.眼球はたらいの向こうに続いている
2.もう落ちそうだよ

3.四角く区切られた海からやがて女の肘が上昇して
4.すべてが見えるね

5.二人は犬の死体を引きずりながら歩いた
6.もう犬は何も見ない?
7.違うよ、肘だよ、肘が持ち上がるんだよ、

8.ビル街に落ちる所々遮蔽された日射しに
9.街から全ての視線を引き抜いて歩こう

10.俺たちの勝ちだ
10.焼かれながら歩いた

6(1)
1.拡散していたものがつかの間交錯する
 砂浜の鉄塔で
 おそらくいくつもの目にいくつもの目が映る



7(1)
1.雷鳴が轟いた
 海は四角く区切られた

 犬が埋葬された
 砂浜は、誰の目からも隠れた

8(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

8(2 繰り返し)
2.雷鳴が轟いた
 海は四角く区切られた

9(1-4)
1.やがて落下する私の眼球が
1.海を忘れた海として

2.四角く区切られた海を遡る
2.溺死したことを忘れた水死体として

3 やがて上昇する私の肘
4 海はたらいに掬われて、今、女の肘を洗う

9(5 繰り返し)
5.犬が埋葬された
 砂浜は、誰の目からも隠れた

10(1)
1.稲妻が落ちる
 あらゆる海に亀裂が走る
 海面から巨大な肘が上昇した
 燃え盛る女の眼球が天から落下した

 女は眼窩に惑星を収めた
 全ては把握可能だった

10(2-4)
2.眼球はたらいの向こうに続いている
2.もう落ちそうだよ

3.四角く区切られた海からやがて女の肘が上昇して
4.すべてが見えるね

10(5 繰り返し)
5 稲妻が落ちた

11(1)
1.割れ続ける海の
 あらゆる格子状の海面から
 埋葬された犬が上陸を目指し立ち上がる

 幾億の群れが天を見た
 巨大な肘を噛み砕いた
 惑星は血を流し

11(2-5)
2.二人は犬の死体を引きずりながら歩いた
2.もう犬は何も見ない?

3.ビル街に落ちる所々遮蔽された日射しに
4.街から全ての視線を引き抜いて歩こう

5.俺たちの勝ちだ
5.焼かれながら歩いた

11(6 繰り返し)
6.二人を死なせまいとする

12(1)
1.海は凪いだ

13(1)
1.昔耳に触れた雷鳴より美しいものを見たくて
 私は肘を洗っていた
 聴いてはいけなかった
 音響と区別がつかなくて、私は、肘を洗っていた

13(2)
2.全ては浜辺の出来事だった
 区切られてはいない、彼らが架空する限り広がる
 無限の浜辺だった

13(3 繰り返し)
3.砂浜の鉄塔に

14(1)
1.崩壊したのは鉄塔で
 海はただ静かだった
 女は海に飛び込み、男は犬の骸を見た



15(1)
1.昔、耳に触れた雷鳴より美しいものをみたくて
 私は、肘を洗っていた

 やがて落下する私の眼球が
 たらいの向こうへ、四角く区切られた海へ


日の生まれていく、日の、

  黒木みーあ

月曜、
まどろみ。
喉元に触れる夕日には
失くしてまったことを
いくつか思い出す
手を、重ね合わせると
途端に夜が落ちてきた
おやすみの
言葉だけが乾いて響く



火曜、
あなたと性を入れ替える
あなたはわたしに
男だけが持つ雄々しさを教えてくれた
わたしはあなたに
女だけがもつ妖艶を
誰にも聞こえないように耳打ちをする
向かい合って背中を合わせる
見えないところが
見えないように



水曜、
季節に生まれた言葉を
いくつかさがす
見つけるたびに
うたを歌った
とてもやさしい、うただった
そんな、あなたは
幾度も暮れる日を
大きな手でたたむと
わたしに、そっと差し出し
思い出をくれた



木曜、
抱きしめ合うと
わたしもあなたになれた
あなたもわたしになれたと言い
それから
共に性を失った
何もかもが突然で
何もかもが自然に思えた
陽はまるく
限りなく、赤い



金曜、
眠れないわたしの代わりに
あなたが眠る
今にも落ちてきそうな
金色の月
あなたの髪の手触りに
再び現れるまどろみに
明日を忘れる
息を吐くと
白く滲んだ



土曜、
なかなか止まない雨が止んだ
束の間の晴れ
くちびるを伝う
あなたはわたしで
わたしがあなた
互いに
変わらないことを笑い合う



日曜、
愛してる、
それ以外の
すべてを忘れる
それだけあれば事足りると
無言の手が
わたしを掴む
見送る日が過ぎて
見つめる日が
巡り、はじまる


偽物の猿の目は青い(東京の憂鬱編)

  ぱぱぱ・ららら

 ボードレールは人間のことを偽物の猿と言った。だけど僕が出会った偽物の猿は人間ではなかった。いつか僕の言いたいことのなにかがあなたに伝わればいいと思ってる。例えば音楽のように。例えば愛のように。僕は嘘をつく。僕らは、と書いた方が正しいのだろうか。例えばボードレールは人間のことを偽物の猿だとは言っていない。それでも、しばしば真実が嘘になりうるように、嘘も真実になりうるかもしれない。いつの日か。
 僕は空が青いことを知ったのは二十歳のことだ。それまで僕は空を見上げたことがないわけじゃない。僕は外に出る。ビルの隙間から青空が見える。ああ、そういえば空って青かったんだな、と僕は思う。偽物の猿の目はそんな青さをしている。
 偽物の猿は僕を見て、トゥルルル、と言う。こうやって書くと電話音みたいだけど、電話音とは全く違うトゥルルルだ。もっと暖かくて、もっと優しくて、もっと不規則なトゥルルルだ。チリで地震が起こる。情報はすぐに僕の元にやってくる。でもそれはただの情報に過ぎない。ただの数字だ。彼らがどんな人を愛し、誰を嫌いになり、何を考えて生活していたのか、僕にはわからない。
 偽物の猿はポケットから煙草を出し、テーブルにおいてあったライターを勝手に使い、火をつける。下北沢の雑貨屋で買った僕のお気に入りのライターだ。偽物の猿は煙草を吸い、吐く。煙が部屋を舞い、それから最初からなにもなかったかのように消える。でも匂いは残る。短い間だけれど。
 一本吸うかい? と偽物の猿は僕にたずねる。いや、いらない。と僕は答える。やめたんだ、煙草。それは残念だな。と偽物の猿は言う。僕はトゥルルル、と呟いてみた。偽物の猿のようにはうまくトゥルルルと言えない。それでも僕はトゥルルルと言い続けた。他に言うべき言葉は何もないような気がしたから。トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル。


架空

  宮下倉庫


架空の請求書をもとに損益の分岐点を探り当てるために、私はまず自身を限界まで二分する
ことから始める。二分されつづけても、数字は永遠にゼロにはならないが、昔聞いた話では、
数字はやがて自らの軽さに耐えかねて、緩やかな自殺を開始するそうだ。ただし、架空では
ない限りにおいて。つまりこの営みによって始まるものも、また終わるものもない。室内に
は、時折前髪を持ちあげる微風がどこからか流れ、白いテーブルクロスの上には鶏肉になに
か塗したらしい一皿が置かれ、その傍らには架空の請求書がある。本来ならフォークやナイ
フも置かれてあるべきだろうが、私の右手には鉛筆が握られていて、つい先ほどから、架空
の請求書に、自らを永遠に二分していく自走型の計算式を書きつけ始めたところだ。ところ
で、この料理の名はなんといっただろう。たとえば、あなたの双子の生活を、もうずっと眺
めている木製の窓枠に刻まれた、目を凝らしても見落としてしまいそうなほど小さい、しか
し確実に家屋を蝕んでいく“小さな疾病”。確か、そんな名だった覚えがある。微風が前髪
を揺らし、持ち上げる。左手が、わずかに翻った前髪を額に撫でつけようとテーブルから離
れる。そんな些細な動作が、忙しなく自走している私の右手の軌道を狂わせ、はずみでまだ
手のつけられていないテーブルの一皿を、毛足の短い、オリエンタル調の絨毯の上に落下さ
せてしまう。そして、このとき初めて、私は鶏肉が半ば生であることを知り、急に強い嘔気
を覚え、テーブルに倒れこむように顔を伏せる。そのように右手は自走し、私は二分されつ
づけていく。分かたれた私たちは完璧に相似し、出窓の内と外から、頬杖を突いて、眼差し
の中に、確実に進行していく疾病の分岐点を緩やかに背比べしている。


不快とともに

  岩尾忍

この世ほど古いテーブルの周囲で、

食べては皿に吐き交換してまた食べ、あなたと私とXとの重量の、合計が一定の生活をしていた。秤が傾くと指先で戻して、しかも誰一人死なないので長い目で見るならばつまり、

目減りして全員が少しずつ痩せる。外からはわかりませんよ。むしろ新品の風船のように膨れて、いい色していました、みんな。時に私など手が滑ったふりして、ツン、

と隣に座っているあなたを、疑念の一端で突ついてみたかったのですが。しかしあなたが食べた後のものしか、私の所へは回ってこなかった。やわらかくなまぬるく

甘酸っぱく溶けかけたそれ、たとえばカレーライスを、私は私の滋養として育った。そういうのが「幸せ」でした。私の食べたカレーライスは、あなたの食べたカレーライスであり、あなたの食べたカレーライスであり、

あなたの食べたカレーライスであり、多くを学んだものです。ありがとう。あなたの記憶にも匙をつっこんで、あなたの知らないうちに、すくいとりなめるように知った。すくうと糸を引く。関係が生じる。ほら、生じた。そしてまたそうなってしまうと、

なかなか死にませんしね、意識までありますしね。どうにかするためには八月の油虫並みの、知恵も力も要る。そういうことでした。べとべとの、足の数だけある立脚点の上で。体を頭へと引きずって引きずって、

抜けた。ところであれは何月だったろうか。季節だけあったのに目に見えるすべては、常に一定で完全に矛盾していた。ガラスに描かれたガラスの外の風景。それで私も吐き気を催したのですが、知っていましたか。「自分の体ってのはさ、

痩せるほど重くなるんだ。」

残留が。そこは七階の五号室でしたが、今まで誰もあけなかった窓を、あなたの腫瘍の一部として私が、成長して少しだけ揺すった。風が吹き込んで、あなたは凍えたが狂喜しましたよ、私は。これで誰かが消えるかもしれない、

と。実際はどういうことだったかといえば、単なる離脱です。肥大した風船がふらふら、ふらふらと春も近いある日に、窓からその外へ

ゆっくりと落ちて行ったのだ。あなたとXを残して。眼とひとふさの薄蒼い神経を、それだけをいただいてぶらさげておりました。だからテーブルに置き残した紙片も、たぶんもう誰も読む者がいない。あなたにXに読ませたかったのに、読ませたかったのに眼は

あの部屋にたった一つで、それは私のこの眼であるのだから。だから私が明かすしかないですね。こういうことだったよと、

こういうことなのだよと。たとえばあの紙に記されていたのは、この二行だけです。

「不快とともに想起させてやる。
 生ごみになってやる。」


グッド・バイ

  丘 光平




 ゆれていた、
金いろの吹雪のように
花を止血できない菜の花を
いっそ 燃やしてやりたいと

うちふるえるぼくは
ひみつを目撃された
こどものように泣きながら
 おまえたちに飲み込まれよう


 土のない街で
ぼくをながれてゆく菜の花を
菜の花をながれてゆくぼくを
止血できない海へ

グッド・バイ
生まれてくれてありがとう


再誕した、明月は遠野に

  はかいし

行き先も告げずに走り、ただぼうっと霞んでいくだけの影がしなる草木に乱されていくやがて夜間が方々で燃やされて(こんな霜焼けみたいな野原をおれは歩いていた)彼女は何も告げずにその中に飛び込んで見えなくなった/対角線のない野原に突っ立ったままのあばら屋でじっとりとしめるような音を聴いて眠りたい


ポテトL

  ゼッケン

ぼくはきみの小指とは逆の方向にぼくの小指を曲げてみせた
右手の小指の爪が右手の甲にぴたりとつく
小指のすべてのみっつの関節がきみの小指のみっつの関節とは逆の
方向に曲がる
ドナルド・マクドナルドがきみの背後のガラス越しに笑っている
小指を逆に曲げた右手でテーブルの中央に置かれた紙のカップを持ち上げる
口元まで引き寄せ、ストローを咥える
コカコーラはたっぷりと入っていて容器の中で揺れていた
その重みにぼくは満足だった
ぼくとテーブルを挟んで向かいの席に座ったきみは
食べかけのハンバーガーをテーブルの上に置いたままにしていた
ポテトをもらってもいいかい?
小指を逆に曲げた右手できみのポテトをつまむ
口に運ぶ
油、
と塩
世界にはうまいものが多い
そういえば細胞も多い
ほこりは剥がれ落ちた細胞だそうだ
繭に入る寸前の幼虫のように
小指が白い腹を見せて裏返っている
ぼくはきみの手を握った
きみの小指も曲がるようにしよう
なぜ? つまりそれは、なんのために?
きみは意味がないと言った
友情に意味がないと言ったきみの小指を包み込んだ掌にぼくが力を込めると
きみは痛みに震え上がった
大丈夫だ、痛みなど痛いはずだ、にすぎない
きみは涙を流し身をよじる
涙を流し身をよじっているときのきみの姿はぼくに
慈悲と憤怒が一の根源から湧くものであることを何度でも悟らせる
きみの背後のガラスには道化が映っている
ぼくがちらりと視線を上げると
釣りあがった笑みを浮かべていた
釣りあがった笑みはヒステリーの兆しだった
ドナルド・マクドナルド氏、心臓発作で逝去
原因はポテトの食べすぎか?
ぼくは上体を前かがみに椅子から腰を浮かせた  
奇跡だよ、I'm loving it 愛することは
愛であることと区別できない、曲がれ!ボキっという
奇跡ではなにも変えられない、無意味だ
残った一本はきみのぶんだ
冷めないうちに持ち帰ればいい


散歩者

  りす

 衰えるということは、反射の少ない冬の陽射しが人の正体を明瞭に透かす残酷な二月の午後のようで、時の傾斜がしだいに勾配を緩めて歩行を鈍らせる穏やかな日々が、流れる風景を視野に留め置く時間を少しずつ伸ばしていくのか、この眼に映る映像をけして忘れないという予感をとめどなく積み重ねはするものの、予感はことごとく裏切られ、私たちの足元に若葉の青さを演じながら舞い落ちてしまう。例えばそのとき一人の散歩者が不意に現れ、まだ瑞々しい落葉を平気な顔で踏みつけて私たちを追い越していくとしたら、私たちも足どりを早めて散歩者に追いついて肩を並べ、白い吐息と共に時候の挨拶めいた二、三の言葉を共有することはできるだろうが、彼を追い越して私たちの背中を読ませることは叶わない夢であり、衰えるとはそのように背中を失っていく磨耗の過程でもあるのだろう。夢といえば、途切れた夢の続きを、切れ切れの眠りの中で手渡していく儚い遊戯に慣れてくると、いよいよ夢は生活の暗渠として時間の裏側を流れはじめ、隙があれば逆流して鋭い波を立ち上げ、時間の表層を破ろうと荒れた表情を垣間見せるが、またしてもあの散歩者のほっそりとした大腿が夢の波頭を事も無げに打ち砕いていくので、私は私に向かって夢の続きを搾り出すように、まだしばらくは命令しなければならない。
 
 人がひとり増えたので、人をひとり捨てるのです、そう呟いた男は、小さな黒い影に手を引かれて暗闇に消えた。あれはいつかの夢か、あるいは編み込んだ記憶の綻びか、男が捨てるのか男が捨てられるのか、気がかりではあるが気がかりを確かめないままやり過ごす暮らしに慣れすぎた私は、未来へ赴く気配で過去へ遠ざかる男の背中に届くほどの、飛距離を備えた言葉を咽喉に充填することができない。人が人を捨てるには、理由という鮮やかな萌黄で自らを塗り潰し、晩冬の陽だまりに投身する華やぎが必要だとして、いったい誰が、その陰影の美しさを褒めてくれるだろう。増えたり減ったりすることが、私たちのあらゆる出発と終着を支配するのだから、いずれ誰もが廃棄される側の言葉を図らずも漏らすことになり、いつかは名前という重たい荷物をおろす場所を決めなくてはならない。口実という名の木の実を道すがら食べ零す小動物のように、立ち止まっては振り返り、立ち止まっては振り返り、自らの名残に発芽の兆しをあてもなく探してみても、ふたたびあの散歩者が華奢な足どりでふらりと現れ、私たちの退路を冬の林道のように踏み固めてしまう。

 蘇るということは、古井戸から這い上がって現世の縁に青白い手首を掛けるような運動神経の酷使ではなく、目覚めると見慣れた部屋に見慣れた朝の光が射し込み、天井の木目模様が少し違っていることに気付かないまま半身を起こして一日を始めるような、きわめて静かな振る舞いの中で起こるのではないか、そのような聞き慣れた言い回しを信用しないために、私たちはなにを信用すればいいのだろう。冬の次に訪れる相対的な季節の中で、中空の陽だまりから落下する重たい荷物を両腕でしっかりと抱きとめるとき、おそらくは臀部をしたたか地面に打ちつけた衝動で思わず叫んでしまう悲痛の言葉を、まずは信用してみようか。あるいは、人を捨てた男と、人に捨てられた男が、けして出会うことのないあの場所とこの場所で、まったく同じ口癖を呟いて日々の抑揚を同期させている奇妙な符合を、その口癖を私の唇でも真似てみることで信用してみようか。いずれにしても反復と継続が無効な挙措のささやかな閃きは、始まりも終わりもない夢の断片の乱暴な切り口のようで、その切り口に駆け寄ってはとりあえずの手当てをしている、その縫合の美しさを、いったい誰が、悼んでくれるだろう。


酔いどれ点字

  debaser



紀文のかまぼこが海を泳いでいる
それは、気分のかまぼこかもしれないし
ぼくたちの気分はいつも気まぐれだ
気がつくと、気まぐれは気まぐろになって
モナコは海鼠になって
電気いるかの群れが
海に点字を作って
ぼくたちはいないよと言っている
そんで、
ユーモアはHumorと綴るけれども
でも、ユーモアがもしかしてYou More!だったら
もっとうまく生きれそうな気がする
いや、しないか
いや、するか
いや、いるか
いや、いないか

い る か い な い か


ぼくが所属している部門が
他の会社に売られようとしている
アウトソースってやつだ
つまり、ビジネスというのは
いつも打者のアウトコースに狙いを定めて
単純作業をいかに安い労働力に置き換えるかが大切で
それは、かの有名なマルクス兄弟がずいぶんと昔に
執筆した書物の中にさえしっかりと記されている
さくしゅというのは裂く主で
ぼくたちは、いつだって主に裂かれる存在にすぎない
それでいて、ぼくたちは今
人事部のボスと交渉している
それが性交渉なら、できれば気持ちよくフィニッシュしたいけれども
中国人の彼女は、
ぼくたちがアウトソースされた場合に
退職金に上乗せされるパッケージを提示するのが仕事だ
彼女は、中国語訛りの英語で
まんざら悪くない数字でしょ、と言う
世の中には、
まんざら悪くないことがあふれているという意味で
ただその意味においてのみまんざら悪くない
仕事帰りに立ち寄った上野のおっぱぶで
舐めまわしたオッパイも
まんざら悪くなかった
まんざら悪くないオッパイだった
それがもしもまんざらまるくないオッパイだったら
今頃、ぼくの舌のさきっちょは血だらけかもしんないな
だけども残念な知らせがキター
今日は、No Oppai Dayだ
気にするな
人生っていつだってそんなもんだろ


2005年の真夏の話をしよう
2005年の真夏にぼくは妻と娘を連れてフジロックに行った
だけれども、それはぼくの姓がフジタであることとは
もちろん関係ない
フジタたちは、グリーンステージの前で寝そべって音楽行事を楽しんでた
さて、つぎは、いよいよイマーノが出てくるぞというときに
いきなり雨が降ってきて
娘がまだちっこかったので
後ろ髪をひかれるおもいでフジタたちは
雨宿りの出来る離れた場所に移動した
あいにく雨は長い間降り止まず
イマーノが終わっちゃうよと思っていると
ぴたっと雨が止みやがった
よし、走ろう!なんて声をかけてフジタたちは走った
そんだらよ、
ステージの方向から、「雨上がりの夜空に」のイントロが聴こえてきた
なんか、もうおれ泣いたわ
こんな夜にオマエに乗れてよかった
そんで、彼女はくいん
ずっと夢みさせてくれてありがとう
2005年の海が真冬になったら
真っ先に真っ裸になりたいわ


ぼくはときたまミヤザワケンジとフクザワユキチを混同する
二人ともが七文字だからなのか
なんなのかはわからない
てんはひとのうえにひとはつくらずひとのしたにはひとをつくらず
ってミヤザワかフクザワか、
どっちだっけ
その場合のてんは点で
ぼくはそれを同僚のインド人に教えようとする
だけど、うまく英語でいえなくて
All human beings should be always evenと言う
これが正しい英語かどうかは知らないけれども
まんざら悪くない英作文であって欲しい
だけども、インド人は目を点にして
Hmmと相槌を打つ
ところでHumanとHumorというのは
語源的に関係があるんだろうか
さらに、ぼくは五限の授業が大嫌いだったし
ぼくだってまんざら悪くないだじゃれを考えるのに必死だったりする
いつも午後になると
どういうわけか
ユーモアが決定的に足りなくなる


海にはまんざら悪くない数字があふれている
カモン、カモンと鴎(かもめ)が飛び交っている
ぼくは誰よりも速い青色になりたい
それが早まって青虫になるんなら
まぎれなく
ぼくはグレゴールザムザになって
妹はグレーテになって
二人で愚連隊になる
変色蜥蜴が
変色するにはそれなりの理由があった
だとすれば、ぼくが青色になるという荒唐無稽な妄想にだって
きっと正当な理由があったっていい
ぼくたちは、いつだって
RightとLeftの間を永遠にさまようように
RとLの発音を間違っている
まんざら悪くない数字を与えられたぼくたちは
スージーの記憶が確かなら
もう居場所なんてどこにもなかった
残念ながらユートピアはHutopiaじゃなかったし
考えるに、そこにはHumorもHuman Beingもない
ねえ、スージー
スージーは、どんな世界に暮らしたい?
スージー、ぼくは、スージーがいる世界で暮らしたいよ
スージー、ぼくは、きみがいればどんな場所でも暮らしていける
愛にはそれなりのはけ口が必要だという
今人気のアヒル口が両端から裂けて
ぼくたちをまるごと飲み込んだとしても
やっぱり愛が必要であることに変わりはない
だけれども
必ず最後に愛は勝つかどうかは
まだわからなくて
そんなふうに歌ったりすることもあるけれども
ぼくは、フジテレビのこともTBSのことも
まるきり信じちゃいない
だってやつらは、
スージー、数字のことにしか興味がないんだぜ


ぼくが先日舐めまわしたオッパイの詳細について
白々しく語るのは
次回のお楽しみにしておこう
なぜなら、ぼくは、今まさにここで書いている詩が
ぼくにとっての最後の詩になればいいのにといつも思っているし
詩について語りたいことなんてひとつもありはしない
何年か前に、ぼくは「ポエムとyumica」という
しょーもない糞ポエムを書いた
読み返すと
そこにはユーモアのかけらもないし
ましてや、ブンガクゴク島は
ユートピアでもなんでもない
もうすぐ年間各賞が発表されるという
それがどうしようもない一般の投稿者たちにとって等しく
まんざら悪くない結果であることを祈っている
ぼくは、いったいこのまんざら悪くないというやつを
何回繰り返せば気が済むのだろう
小学生の時に
土曜日には五限がなく午前の授業が終わると
今日は五限は有りませんと言って先生は
黒板消しで黒板を消したあとに
先生消しで先生を消した
家に帰ると、昼ごはんが用意されていて
それは、十中八九、インスタント方式のラーメンだった
ぼくは、それを兄と分け合ってすすりながら
吉本新喜劇を観るのが習慣だった
そうやって
ぼくたちは大人の階段をのぼろうとした
運悪く大人の会談に
巻き込まれたりすることもあったけれども
大人の階段を上手くのぼれているんだろうか
なんてことは考えなかった
つまり、ぼくたちは、いつまでも
大人の階段をのぼろうとしている
子供に過ぎないんだよ


ヘイボス、わかっただろ、ぼくはまだ子供なんだ
だから、ボスがぼくたちを人質にしているのは
つじつまがあっている
You are right、Hu are lightだ
あなたはいつもこの世界の光そのものだ
だから、臆することなく
ぼくの首を掻っ切って欲しい
申し訳ないけど、二つに掻っ切られた首んとこから
ぼくは申し訳ない程度に血を噴出すことになるだろう
30歳を過ぎたあたりから
低血圧になやまされて
朝目覚めると、一番に死にたいと思う
そんで、シャワーを浴びて
歯を磨いて、髪をセットして
服に着替えて
ぼくの妻がつくってくれた弁当をかばんに入れた頃に
やっとぼくは生きていることに気がつく
そんで、バスにのって
小田急線の向ヶ丘遊園駅について
あほほど混んでいる電車の中で
もう一回、死にたいと思う
かばんの中のサンドイッチもぼくも
サンドイッチになった
電車に轢かれたいと思う
だけれども、なにもなかったように千代田線の大手町駅についてしまい
オフィスに行く前に、コンビニに寄って
水を買う
エレベーターに乗って
9Fで降りて
入り口でぼくたちの冴えない顔がプリントされた社員証をセンサーにかざすと
扉がういんって開く
そんで、自分のデスクにたどりつく
パソコンのロックモードを解除するために
パスワードを入力する
昨日のパスワードと同じやつを入力する
もしも同じじゃなかったら
どこにもはいれない
さいわい、ぼくたちがログインに成功すると
パソコンはにぎやかな音楽をかなで
アイコンが順々に出揃ったあたりで
ぼくたちはメールを立ち上げる
すると頼んでもいないのに
新規メールを受信して
その受信数が100を超えた時には
やっぱり死にたいと思う
そんな気持ちも知らずに、どこからか電話がなって
出てみると、昨日メール送ったけど読んだ?とか言われたりして
ぼくは、はははとっても愉快なメールだったね
と嘘をついたあとに、死にたいと思う
今日は10時から人事部のボスと面接だ
彼女は、きっとぼくたちに
まんざら悪くない条件を提示するだろう
5分前にぼくは
12Fの会議室に出向いて
彼女を待つ
彼女は、
5分遅れてやってきて
席に着くやいなやぼくに一枚の紙を渡す
そこには、ぼくがこの会社にいつまで残ることが出来るのかを示す数字と
退職金を示す数字が仲良くならんでいる
そして、彼女はこう言うんだ
まんざら悪くない数字たちでしょ、と
ぼくは、こういう光景ならさんざん夢で見た気がするよと思いながら
ミセス・スージー、ぼくは、この数字をだまって受けいれるよ
だけどスージー、そのかわりに、ひとつだけぼくの頼みをきいて欲しいんだ
それはきっとあなたにとってもまんざら悪くない話のはずだ
スージーは、そうねえ、あなたたちの言い分だってあるはずよね、と
まるで母親のような顔でぼくを覗き込む、
OK、スージー、ぼくの最後の願いはこうだ
スージー、こんな場所でなんだけど
あんたのオッパイをぞんぶんに舐めまわさせてくれないか
だってぼくとあんたは
いつだってイーブンな関係のはずだろ
そして、ぼくが舐めまわしたあとに
まんざら悪くないおっぱいでしょ、と言ってくれ


  スージーの目は、点になる
  スージーの目は、・になって、人の上に人を作ろうとする
  スージーの・は、目になって、・の下に目を作ろうとする
  スージーは点になって、・の上に点を作ろうとする
  点はスージーになって、人の上に・を作ろうとする
  やっぱりスージーは人になって、上野のおっぱぶでオッパイを舐められる


三月二十一日、日曜日に
電気いるかの肉をフライパンで焼いて食べる
それは電気の味がして
いるかの味がしない
電気の味に慣れない子供たちの舌は
ビリビリしびれ
そのせいで家族は発熱した
だけれども、ぼくは、愛を覚えている
夕食を終え、ぼくは子供たちとお風呂に入った
子供たちは、空っぽの卵パックのへこんだとこに
ペットボトルのキャップを入れて
たこ焼きを作る真似をする
ぼくがよくやるように
子供たちは
たこ焼きをひっくり返す
全体が浸かった浴室に一匹の
いるかが
迷い込んだので
全員で背中に乗って
ぼくたちの目と目は点々になって字を作る

い る か い な い よ


紀文のかまぼこが海を泳いでいる
かまぼこは、かまととで
かまぼこだってかまととだってあまえんぼうだって
みんなみんな生きている
友達の友達はみなタモたちだった
ぼくは、なんでタモさんがミュージックステーションの司会を
あんなにも長く続けているのかがわからない
きくところによると、タモさんの友達の井上陽水が
5年くらいに1回、番組に出たときに
タモさんは絶対そこにいたいと思っているから
氷の世界にひろげよう友達の輪だから
だって友達ってそんなんだろ
本当かうそかなんか
窓の外では
リンゴ売りが
リンゴを撃っている
毎日が毎日の中にふぶいている
半分に割れたばっかりなのに
それはまた半分に割れようとする


How not to pray

  岩尾忍

祈ったら終りだとまだ思っているよ。そこはまだ持ちこたえているよ。約束は私と私との間に

交わしたのがすべてだ。ちぎられたレシートの菫色の印字の、それでも私には十分な余白に、「失敗です。けれど

あなたの失敗じゃ決してないのです。」と

記したのが第一日だった。今ここではじめて、生れたことにした。私から私が。このひとの神経の瞬きである私、あのひとの神経の戦きである私が。そして骨だとか灰だとかの中には、もういないことにした。手に取れるものの中には。抱けるものの中には。「骨」の中、「灰」の中、私たちの大脳の中の

すくいがたく儚いものの、
中にしか「私」はいない、

と。(ならばどうやって存在を続けよう? 瞬いたり戦いたりを。どうやって?)それは、

硬貨をまっすぐに投げ上げてみることだ。街に降らせることだ。たとえ総額九〇〇円ばかりの、五円玉一円玉の、哀しくも輝かしい混淆であろうと、

誰かを驚かせることだ。苦笑や嘲笑とともに、しかしいくつかはその手で拾わせることだ。異なる肌により隔てられた誰かに。そしてその指の湿りで、今一度錆を吹くことだ。純潔を保たないことだ。

そしてうつむいて口にしてみることだ。「これには一片の聖性もないです。人々の技術が造り、人々の手垢が汚し、人々の妄想がこれに価値を与えた。美しいわけもないです。五円玉一円玉に

魅入られた私とは人間の屑です。」と。

そうだろう? でもそれはこう言うのと同じだ。天上から何が降ろうが、

いつもあの角に百均スーパーがあって、雨傘を買えるなら私はそれでいい。時給九〇〇円の悪くない今日の仕事が、明日も明後日もあるなら。部屋に帰れるなら。部屋には朝に出た時のままに、脱ぎ捨てた靴下と文庫本が絡まり、どの神も来なかった、いかなる奇跡も起きなかったのだとわかり、そしてまさにそのことの自負と自由とをこうして、

言葉にできるなら。

「私」くらい私が
養ってやれるさ、

と。だからもう口には出さないけれど、眼をあげてあなたとはこのように別れる。「私に黙祷を求めないでください。祈りは言葉じゃない。地に墜ちない一円玉は。」それはまた街に出て空を見て、

その誰の姿もない空から、奇跡のように降りおちる硬貨を、銀色のアルミの硬貨、金色の真鍮の硬貨、その輝きを掌に受けとめ、数グラムの誇りにかけて、こう言うのと同じだ。

ね、こう言うのと同じなんだよ。「私はこの光、今走った震え、だから私にはもはや

聖なるものはいらない。

ただでくれたっていらない。
ティッシュとクーポン券を
一緒に手渡されたっていらない。」

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.