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作品 - 20091225_464_4044p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ドップラー

  ゼッケン

きみは幼稚園の送迎バスの運転手をしている
親戚のつてでつかってもらっているのだが、
きみは子供が好きだから自分では適職なのだと思っている
きみは子供が好きだ
しかし、きみの子供は
きみが金持ちの子供の送り迎えをしている間
きみの妻によって何度も何度もぶたれている
きみはそのことに気づいている
10人の園児を乗せたバスは派手なピンクの塗装で
ハローキティの大きなデコレーションが施されている
ひどい女だ、ときみは思う
きみがいない間にきみの妻は
きみと妻のきみたちの子供を
ひとりでぶっている
ふたりの子供なのに
きみにもぶつ権利はある
しかし、ひどい女は
きみには子供をぶたせない
きみが妻の前で子供をぶつと
妻は金切り声をあげてきみを脅した
ひどい女がきみのいない間、何度も何度も
ぶっている、それは
きみの子供でもある
まさにそのとおり

赤信号

きみはブレーキを脚力の及ぶ限り踏んだ
大腿筋が膨らんできみの腰がすこし浮く
おそるおそるバックミラーをのぞく
ハローキティの可愛いバスは
横断歩道をすこし越えて止まっていた
きみの子供が折檻を受けている間にきみが
無事に届けねばならない大事な子供たちは大丈夫だろうか?
バックミラー越しに驚きに見開かれた大きな瞳に出会う
幼稚園の送迎バスに乗る聡明な子供たちの瞳には
まぶしい光が宿っていることをきみはもう知っていた、しかし、
きみの子供の目には光など宿っていないことをきみはもう残念だとは思っていない
キャー
キャー
キャー
歓声が上がった
ハローキティの合成樹脂製の張りぼてを屋根に載せたバスの車中は
幼い興奮でうきうきと沸き立ち始めた
きみは幼い脳たちに喜びを教えた
きみは脳たちにもっと喜びを教えるべきだ
きみがきみの子供に教えたくても教えられなかった喜びをいますぐ
タイヤが路面を噛み、白煙を上げつつバスは交差点に飛び出す
右からも左からもけたたましいクラクションを浴びる
後方に流れてすぐに聞こえなくなった
ハンドルをいったん左へすかさず右に切り、車体は次の交差点の真ん中で大きくケツを振る
ギリギリとひきしぼる音がする
幼い脳たちが喜びに酔う
きみはくるくるとハンドルを回す
ほら、ケーサツだ! サイレン! 聞こえる? バンザーイ!
きみは環状線に出てそれからETCを突破して高速道路に乗る
その間中、きみの携帯電話は鳴りっぱなしだ
鬼の形相と化したバカヤローキティが報道のヘリに追われながらどこまでも走る
きみは金持ちの子供が大好きだった、
みんな吐いていた、ピクニックは賑やかだった、何人かは座席から落ちて通路に転がっていた
彼らはみな、きみがなりたかった子供だ
きみは、きみの子供は貧乏でみすぼらしいので嫌いだったといまなら正直に言える
アクセルを踏み続けている右足が痛かった、振動はかなり前からずいぶん激しい
パトカーと救急車と消防車が何台も連なってバスを追っていた

文学極道

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