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作品 - 20091112_402_3943p

  • [優]  生育暦 - 村田麻衣子  (2009-11)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


生育暦

  村田麻衣子



「なにも着ていないの? ひとつ
あまらせているから、きみにあげる。」
待ちに待った、台風の日です。
家に上げたら、育つのにどのくらいかかるの
か、あと数秒で折れてしまいそうなきみが傘
で部屋を汚しに来る。わたしが傘を脱がせる
と、ふるえてないていた、
頬に触れると、
塩分の味がする。からだはちいさくて水の味
を知らないであろう。手を上げて、届かない
あめ粒をくちびるに、あててあげた。
わるい天気に感染して、病んでいるばさばさ
のくさばなが、きみを見ていっきに
わらいだすから
日が落ちても、きみはまだ玄関にかくれてい
る。人工の光はきしきしするからそんなとこ
ろにいないでよ、と笑いかけた。暗いあいだ
は、しょくぶつも見てない。きみは「うん」
と言って部屋に、入ってきた。



あめにぬれただけじゃないの、たがいにちが
う冷蔵庫のなかで結露した。わたしたち
ひとつとりだしたグレープフルーツのはんぶ
んずつをフォークで、すくってたべる、晴れ
た日には、きみに生育暦を教わった、糖分で
育ったわたしは、陽光に焦がれるたびに去勢
される肌の色を気にして、「黒いのよ」と言っ
た。きみが白いのは、ははに似ているのだと
言った。短く切った前髪は、ははが千切った
のだとくりかえした。わたしは、髪が伸びる
のもわすれて、顔を隠してあげたくなった。
きょうも天気は、生育暦に隠蔽され、わたし
は部屋で眠る夢を見た。



きみは柑橘の薄皮を、爪できれいに剥いて、
分け合った種の最後のひと粒をたべない。
退化していくさまざまな機能を食べずに
腹の奥で響かせ ハミング
積まれない音と昔を、重ねて歌った
花の種を埋めた。みどりも、いずれあかる
いいろに隠される。
その影が消失したら、目の色が薄くなる。
午後がながくなって

温室では、朝を保って、息を吸い込んだ。
育つこと それなりの濃度を血液のなかに流
して、  夏は待つ春よりも真昼が長いのだ、
わたしたち早熟で、結露が腹からこぼれて薄
くなっていった




わたしには影があるが きみと同じ濃度に
したくて影ふみをしている。「ぼく」と言っ
て、こぼれだしても何の味もしない。きみが
拡声器で、しゃべるとわたしのははに似てい
る。似ているというのは、大袈裟だった。お
んなのこのはなしかたは、大袈裟だから と
ころどころを弱毒してしまう。
腐った果肉を剥いで皮をフオークで貫通した
。 火照る爪が粒と粒のあいだ 浸透して空
、いつまも口の中に拡がる
窓を開けたり閉じたりして、きみが来るのを
待っているあいだ




ぼくたちはあたためられるだけあたためられ
て暑いにもかかわらず巻かれたマフラアのよ
うなものを、ぐるぐるほどき
ながら眠ってしまう
きみが着るはずのないレースの下着を、わた
しが脱がせて。ちいさな靴も靴下も
とてもちぐはぐで
わたしのものじゃない
ただ、この部屋に脱ぎすてられている。







        「ねえ、眠れない」
        だれかいるの、

        (これが、きみがいる
        ただひとつのしるしな
        ので わたしたちは、
        はしゃぐ
        みんな台風に、飛ばさ
        れてしまったのだと、
        聞いてしんだふりをす
        る。すると聞
        こえた。きみのははは
        かわいそうに災害で、
        しんだのだ。きみの声
        の低音域が、眠りに落
        ちる前の瞬間をとらえ
        ていて心地がいい。)

文学極道

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