夏のなごりのサンダルを、乾いた裸足につっかけて
猫を追いかける心地で、100円ショップに向かいます
もうすぐ空が一回りする気配が、揺れながら通り過ぎた自転車のおじさんや、しみのついた焼きそば屋のラジオ、遠い向こうのたなびく煙突からしましたが
坂道を軽々と、徒歩3分で着きました
紙コップ。105円。
急いで走って母の裁縫箱を化粧台の下から引っ張りだします
テカテカのビニールを千切って固い底に糸を通すと、左の窓から赤と紫の段々雲が光ります
つないだ紙コップを、一つは床に、一つは口許に押し当てて、低く息を吸いました
「もしもし、聞こえますか」
じいちゃんには右手の中指から小指がありません
一つは私が生まれる前から、あとのものはしばらく包帯に巻かれていました
それが解かれたころの、紫の黄色の丸い皮膚がとても美しく、じいちゃんは心臓よりも高く手を挙げるのでした
その手は不器用にパンにジャムを塗りますが、車のハンドルを回す手のひらは固く逞しく緩やかでした
目は白内障の膜が張り、マイルドセブンのヤニが前歯を黒く溶かします
風呂掃除の仕事を辞めたころ、脹れた腹が気になるようでしきりにメタポメタポと、じいちゃんメタボだよ、そのメタポだ、と繰り返していました
そして堅くなった鼓膜で水戸黄門を見だすと、私は隣りでセロハンのゼリーを一つ開くのです
紙コップを手放すと、階下から母の呼ぶ声が聞こえます
古いカーテンを閉め、あともうすぐの一番星を思いながら、煮物の匂いのする方へ向かいました
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選出作品
作品 - 20091021_675_3886p
- [佳] 追憶 - リリィ (2009-10)
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追憶
リリィ