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作品 - 20090929_170_3822p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


森の言説

  黒沢



目蓋すれすれに、煤煙がたち昇る夕刻の木立に居た。
枝の、構造が私の前頭葉に映り、葉脈の不揃いな切れ目が、謎めいた符牒の様
に私を追いつめる。私は、森の構造に疲れ果てた。いや私は、もの言わぬ常緑
樹の間近で、時間の分厚さに眩暈する。瞬きの間に、移ろう気配と色、饐えた
土の臭い。ま新しく暗転する幹や、崩落した葉の堆積を視よ。私は…、滾々と
涌き続ける水や、息も付けぬほどの残照、近隣の影と光の生態系を、戦時のそ
らの様に懼れる。

脳幹には、私の脳幹なりの美的根拠がある。
装飾論的揺曳と、都市学的な危機。細い舌を舐めずる様に、あるく私が、葉脈
のプールの只中で切断されていく。淀みの中でしか点呼されない私は、幹と葉
とが電撃されるのに合わせ、首を左右にふる。それで、帰納されていく。

枝を、渉っていく栗鼠や、胎児の豹の意識。
退化する猛禽類…。学術名は記憶して居るけれど、符牒することのできない小
動物の類いが、枝から幹を、それから葉を、また渉っては横にずれる。

戦時のそらには、悪意を溜めた爆撃機が、緩く時間に流されて居る。遥か遠く、
風だか都市のノイズだか判らないどよめきが、寄せてくる。
終にあるく私は、葉の構造、森の構造たちの核芯に到達する。それから、老い
た樹の幹に触れて、内部の言説を止めどなく汲む。たえ難い悲しみの余り、闇
の只中で私は、瞳を、花の様に開いた。鈍色の地平線すれすれに、短い直線に
なって隠滅されんとする夕日。その不可視の残照を受け、私が…、私の物でな
い前頭葉が、独りでに帯電していく。

文学極道

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