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作品 - 20090824_329_3736p

  • [佳]  cosmos - 凪葉  (2009-08)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


cosmos

  凪葉


閉じていく夏の、ひんやりとした風が、開け放つ窓から窓へと、流れていった。波のようにゆれるレースは、窓際に敷かれた布団の上、寝転がりながら外を見ていた妻の顔先をくすぐっているように見えた。とても小さな背中。不意に、寒い、と、言ったような気がして傍に近寄ると、いつの間にか眠っていたのか、寝ぼけた顔をこちらに向けた。
妻は、「おなか、あたた、めて。」 と、寝言のようにそれだけを呟くと、一息吐いて眠ってしまった。
風が流れ込む度、レースが大きく波打って、顔やからだをくすぐった。
 
 
胸元までかけてある、薄いタオルケットの中のお腹に手を当てると、不自然なほど大きくふくらんでいるお腹は、思っていた以上につめたく、冷えているみたいだった。
一息ついて、目を閉じる。お腹全体を包み込むようにして、ゆっくりと撫でていく。
指先でほんの少しの圧力を加えながら、どこが頭だろうかと、そんなことを思いながら、あたたかくなれよと、熱を込めていく。
 
 
さっき見た時計の長針は、九時辺りを指していた。驚くほど車の通りの少ない、道路から建物をひとつ挟んだところにあるこの家の付近には、生い茂る草や木が他よりも多いのだろうか、虫たちの声が、目立って聞こえる。
ただひたすらに、同じ間隔で、静かに、暗い夜に響いていく声。
かなしいくらいに、あたたかく、無差別にやさしいと、思えるような、そんな声。
 
 
目を閉じたままその声を聴きながら、ふと、世界、を描いてみた。夜の、暗く先の見えない空の、果て。その遥か、ずっと向こうにある、見たことのない宇宙を、胸の奥底で描いてみた。
星から星へ、ひかりからひかりへ、果てのないものへと繋ぐ、小さな祈り。のような。
閉じていく夏の、ちいさく空いた隙間から、取り残されたものたちが、一斉に、けれどひっそりと、静かなる声と共に深く、深く落ちていく。
肌に触れていく、風は宇宙へ、窓から、窓へと、少しだけ肌寒さを残して、またひとつ、流れていった。
 
 
この膨らみの中、眠る、子は、たったひとつの宇宙の中でくるまりながら、同じように眠る母の肌から、伝わる、風のそよぎを、散っていくように鳴き続けている虫たちの声を、感じているのだろうか、この手の温みに、あたたかな宇宙を、描いているのだろうか、
そんな、とりとめのないことばかりが、小さな宇宙の中で、生まれては消え、生まれては消え、絶えることなく明滅をくりかえしていく。
 

いつか、星が生まれて、消えていく。消えた星から、また、星は生まれて、くりかえされていく、か細い道に、
星から星へ、ひかりからひかりへ、果てのないものへと繋ぐ、小さな祈り。手のひらから宇宙へ、宇宙から手のひらへ。どこまでも、あたたかく、遥か。まだ、世界はこんなにも、うつくしく、限りないのだと、不思議なほど、胸の奥底でひかりのように瞬いて、いつまでも、閉じていく夏の、夜に、消えない。
 
 

 

文学極道

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