「中指を立てたらファッキューという意味なの?」
と万由子がいつものように、泣きそうな顔をして俺に聞いてきた。
だから俺は「そうだよ」と言って、優しく頭を撫でた。
窓枠には老人が腰掛けていた。
無言のままで、呼吸の音だけが聞こえてくる。
四畳半の部屋にベッドは居心地が悪くて、
老人はいつまでも電車の音に耳を傾けていた。
「じゃ、じゃあ、親指を立てたら?」
と万由子は俺の目の前に親指を突き立てた。
生温い風が吹く午後、寝ぼけ眼に意識が飛んだ。
俺は同じように親指を宙に突き立てていた。
昔の映画にこんなシーンがあった気がする。
曖昧な視力で見るこの部屋は簡素だった。
ベッド、テーブル、たんす、老人。
万由子は笑っていた。泣いていた。
もしくは何処にもいなかった。
「じゃあ小指を立てた場合は?」
ひとつだけ聞いて、それで安心して眠るのが万由子だった。
彼女の小指に小さな切り傷があった。
俺は「テレフォン」と答えた。
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作品 - 20090703_442_3627p
- [佳] 無題 - ミナミ (2009-07)
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無題
ミナミ