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作品 - 20090613_977_3588p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


17時のヴィーナス

  ゆえづ

肉感的な体つきの女たちがひしめいて
終礼後の女子更衣室はさながらトドのハーレムだ
中でもひときわお尻の大きな婦人が
衣服や文庫本が乱雑に詰め込まれたわたしのロッカーをちらりと見て
「まあひどい」と朗らかな笑声で言い放つ
そして脱皮の如く制服を床へ脱ぎ落とすと婦人は首を振りながら呟いた
「わたし小説家の嫁にはなりたくないわ」
「わたしも嫌ですねえ」
後輩のわたしは続く
「いつの日か認められるに違いないわなんて酒浸りのヒモ男を延々養い続ける根性ないもの」
「それは面倒ですねえ」
婦人のほんのり赤みがかった頬は馥郁たる香気を放ち
そばに寄るとほとばしる若さが目にしみてならない
しかしそのふくよかな唇から零れ落ちる言葉は
覗き見していた老警備員をむせ込ませてしまうほど酸っぱいものだった
「独りもんじゃないんだからいい加減落ち着きなさいよって説き伏せてやるわねわたしなら」
たわわに実った乳房をゆっさゆっさと揺らしながら間に割って入ってきたのは
ルノアールの裸婦画を彷彿させるこれまた巨大な婦人だ
「それすごいですねえ」
「だって子供でもできてみなさいよ、しっかりしてくださいなこの子のためにもなんて大きなお腹をさすりながら泣くつもり?」
「ああ! 馬鹿馬鹿しいったらないわ」
「それこそ小説みたいですもんねえ」
「男は稼いでくれなきゃねえ」
「ええ本当」
「でもそんな細い腰じゃだめね」
「へ?」
「育たないわ」
「ああ、子供ですか」
「恋がよ」
薄っぺらい胸がチクリと痛んだのは何故だろう
チャリンチャリンチャリン
わたしは着替えをするたび小銭を床にばらまくので
そのうち婦人たちの間でカーニバルと呼ばれるようになった
「おお。カーニバル! 今日はまた一段と派手ね」
毎度の如く申し訳ないなと思いながらもわたしは
足元の小銭を拾っている婦人たちの様子が『落穂拾い』に見えて
にへらと微笑まずにはいられないのだ
「ところでAさん、最近料理を始めたんだそうで」
「まあね、これといってすることもないから」
彼女らの燦然と輝く健やかな魂は
わたしという暗く湿った不毛地帯に
今日も惜しみなく注がれて

文学極道

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