真夜中、ふいに目が覚めた。
寝汗をかいていたのか、閉め忘れた窓から忍び寄る生暖かい風に肌寒さを感じた。
体を起こし、窓辺に射し込んでいた月のひかりに触れる。
満ちた月のひかりは、窓辺に敷かれた布団を仄明るく包んでいた。
窓を大きく開けて、風を確かめる。
木々たちは驚くほど静かに、まるで、子守唄のようなささやきでゆれている。
伸ばしていた腕に絡みつく風に、含まれる春の匂いと、無臭の、夜の匂い。
布団の横に置いたままの読みかけの本を手に取った。
旅先で買った木製の薄い栞を、そっと抜き取りページを開くと、乾いた、本の香りが微かに感覚を刺激した。
開かれたページを照らす月明かりが、言葉のひとつひとつをも包みこんで
心の中でくりかえされていく言葉の、ゆるやかな流れが広がりを手にしていく。
消してしまえばよかったのか
なにもかも最初から
存在したことなどなかったかのように
跡形もなく
一遍の詩の、何気ない言葉が、知らず知らずの内に零れはじめていた。
気づけば、意識が夜の空を抜けて、それでも高く、高く抜けて
わたしは、どこか遠くの、行ったことも、見たこともない程の果てを歩いていた。
言葉はいつしか海になり、波になり、寄せては返して、胸をゆさぶる。
果ての果てには何があるのだろう
三度、心の中で呟いた。
詩の終りが、夜の終わりではなく、空白だけが残される。
覚醒した意識の中をすり抜けていく風は、変わらず春の匂いを含んで
唄われ続ける、木々の子守唄で満たされていく夜。
閉じられた本の隙間から抜ける空気の音が、音の無い部屋の中に小さく響いて
窓の外、高く満ちる月を見上げた。
置き去りにされた思いと、残された空白。
その中で確かに、わたしの知らない、果ての音が静かに
ただ静かに震えていて
月を見ているはずの瞳は、光の輪郭を透かして、どこか遠くの
わたしも、誰も、行ったことのない果ての果てを見つめているような
そんな、気がしていた。
※段分け部、
作者:武田聡人
「日々の泡」より一部引用。
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作品 - 20090314_563_3392p
- [佳] 夜の深浅 - 凪葉 (2009-03)
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