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作品 - 20090220_310_3353p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ヒヤシンス

  丸山雅史

 大学図書館の出窓で俯く私
 太陽の傾きに合わせて
 体を捻ってエネルギーを浴びる
 しかし太陽が沈むと
 どうしていいか分からなくなり
 1人貧しい環境で勉強している
 貴方を照らす蛍光灯を見つめている

 校庭で他の雑草と一緒に
 刈り取られそうになった時
 眼鏡を掛けた表情の暗い貴方に助けられて
 図書館の出窓に
 なけなしのお金で買ってくれた
 貴方にしては可愛らしい花瓶の中に私を
 入れて置いてくれた それが私の初恋の始まり

 毎日夜遅くまで図書館で勉強している貴方
 お腹を鳴らしては時々
 恥ずかしがり屋な私を見て
 分厚い六法全書をノートに書き写している
 
 ある日 あの ろくでもない人達が
 私の元にやって来て
 嘲笑しながら私の体をへし折って
 花瓶ごとゴミ箱に捨てられた
 激痛が走る体に耐えながら
 悲しみに暮れながら
 太陽の沈む黄昏の街並みの光をずっと見ていた

 やがて蛍光灯が灯り
 鬱気味の貴方が窶れた表情でやって来ると
 私が出窓にいないことに驚き
 図書館中を探し回った
 そしてようやく私をゴミ箱の底で見つけると
 割れた花瓶ごと持ち上げて
 構内を走り回り 1人残らず不慣れな尋問をして
 ついにあのろくでもない連中を探し出して
 今まで見たことのない憎悪を秘めた表情で
 罵倒し始めた
 彼らは一瞬間があった後
 へらへら笑いながら貴方の周りを囲み始め
 貴方の顔面を殴り飛ばした

 散々殴られ蹴られた後
 鼻から血を流し 体中に痣ができて
 罅が入り 眼鏡が割れた貴方は
 心配そうに見ている私に
 にこやかに笑い返して
 花瓶と共に貴方のアパートへ
 連れて行ってくれた

 セロテープでへし折れた私の体を固定して 
 直した花瓶に台所で水を入れてくれて
 段ボールの机の上に飾ってくれた
 言い表せられない感情が茎を締め付けて
 私は花瓶の縁をそっと転がって
 眼鏡を外して泣き腫らした顔で
 机の上に突っ伏して眠っている
 美しい貴方の頬にキスをした

 意識が戻り
 太陽が再び空に出てくる頃になると
 私は陽の光を浴びて
 温めの水を根から 千切れた道管を通して吸い上げた
 誰かに花弁に触れられて振り向かされると
 貴方はセロテープで修正した眼鏡を掛けて
 その奥の瞳が何故か潤んでいた
 どうしたの?
 という言葉すら発することのできない私は
 ただただ貴方を見つめ
 自分が花として生まれたことを
 心から後悔した
 
 意地悪な大家さんが最終通告をして出て行った後
 具合の悪そうな貴方が
 優しく私の花弁を撫でていううちに
 あまりの気持ちの良さにすっかり微睡みかけ
 忌まわしい記憶や悲しみ 苦しみの蠢く
 意識の届かない場所で 私は人間となり
 貴方と花畑をどこまでも駆け続ける夢をみた

 再び目を覚ますと
 貴方は夕暮れの真っ赤な逆光の中
 太いロープで首を吊って死んでいた
 段ボールの机の上には遺書が置いてあり
 其処には自殺した貴方の恋人に対する想いが綴られていた
 私はその眩しい光の中で
 影となっている貴方を見て
 傷口から初めて涙というものを流した

 数日間貴方は誰にも発見されず
 私の香りと貴方の死臭が
 まろやかに混ざり合って
 次生まれ変わる時には
 貴方の恋人になりたいと強く神様に願った
 隣人や大家の通報で警察官がやって来て
 蛍光灯を点けた瞬間
 意識が朦朧とする中 私は天井を見上げ
 其処に天国を見出し
 今 まさに
 命の炎が静かに燃え尽きようとしていた

文学極道

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