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作品 - 20090212_159_3337p

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カセット(4:06+∞)

  丸山雅史

僕達はMaroon 5、「Sunday Morning」の歌詞の「彼女」に決して近付けない。彼女は尊い存在で、歌い手と一緒に雲の上を限りなく続く夕暮れの空に向かっていつまでもドライヴしている。
僕の漠然とした「Sunday Morning」の聴後感。思わず瞼を閉じたくなるようなこの夜の沖縄の波音。詩投稿サイト、「文学極道」の2008年2月の月間優良作品、「次点佳作」に選ばれた「はじめ」という人間の「サンデーモーニング」という詩。収まらぬ興奮から、君から借りた時代遅れのカセットを何度も巻き戻し「Sunday Morning」を聴き、諸々に散った意識の行く先を心配している空虚な日々の隙間にある曇りの日と晴天の日。
君の父親はCD屋を営んでいて、海岸沿いの国道をオープンカーで疾走する妄想を君に話すと、「『サンデーモーニング』の影響を受けたのね」と棚卸しをしながら笑った。空は黒雲に覆われて雨が降り注ぎ、僕の妄想は溶けてしまった。雷が鳴る中僕は家路を急ぎ、オープンカーにひっかけられた泥水を自宅のシャワーで洗い流すと、再び「Sunday Morning」を流し、鏡の前でまだ暗唱できていない箇所を「エアボ」で誤魔化した。
数日間、雷雨が続いた。その間、僕は今にも擦り切れそうなテープの黒粉を肺に取り込みカセットの角を囓り、それを瓶に詰めて、異界へ通づる海へ流す妄想を2、3度した。キーボードを叩く僕は本当は沖縄なんかにいなくて、「Sunday Morning」を聴きながら懸命に頭を捻って詩作に励んでいる「はじめ」という人間なのかもしれない。彼は何処にいるのだろう? 「此処」にいるのだろうか? その見境が無くなると、時に混乱し、時に素晴らしい発想が生まれたりするものだ。夜深くクラブで歌い続ける流行歌。君。僕の手から離れてしまった君。僕は「Sunday Morning」のAメロよりもサビを熱唱し、休み休みに詩を書き続ける。
他人の詩を拝借し、「サンデーモーニング」を朗読したものを「Sunday Morning」の後に入れる。自分で朗読した詩を聴くのは面白いものだ。ほんの微かな罪悪感で心が塗ったくられる。オープンカーのオーディオの中で熱を持ち、朗読で満たされたカセットは空までも茜色で埋め尽くしそうで、物凄い速さで空を這う雷雲は壮大な鼓膜の世界のオープニングを盛り上げる。長いスパンだけれど、生涯忘れそうになさそうな12ヶ月常夏の恋。
君は東京で頑張っているだろうか。沖縄の大学院を出て、就職が無く、都内のコンビニでバイトを始めたとまでは噂で聞いたけど、暗闇の中の無数の光の中の一つを掬い上げてそれを空に浮かべ、日曜日の朝ぐらいはゆっくりしてくれ、と願う。僕と逢ってくれ。僕の妄想で微笑んでくれ。「Sunday Morning」のサビの間だけ、僕とオープンカーに一緒に乗ってくれ。「暮れ」、くれ。下さい。
あのカセットは君への想いで一杯になった。また今度、贈るよ。そしたら、君が歌って塗ったくられた「Sunday Morning」と「サンデーモーニング」、無理なら、片方だけでもいいから、送り返してくれよ。それはきっと僕のお守りになって、テープを引き伸ばして首から掛けていてもいいし、お互い大嫌いなメールの代わりに今度はもっと想いを込めて歌うから……さ。
君の街から届いた、角が欠け、つるつるのテープのカセットからは君の髪の毛の匂いがした。君の街から届いた、角が欠け、つるつるのテープのカセットからは君の髪の毛の匂いがした。

文学極道

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