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作品 - 20081021_059_3092p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


めくるめく角質

  ゆえづ

世界中のぬるみがピンヒールの尖先に削られて
壊れたスピーカーから途切れがちに
繰り返される気疎い脈動
カンカンカン
踏み切りの向こうには昨日がいる
明日とまったく同じ顔の

カラスが飛び立った電柱では
剥がれかけたチラシがひらりと揺れる
コンタクトをつまんで視界を剥がすが
なおも空は濁っている
ガリガリ
強ばる呼吸を追いかけ
スケジュール帳で割かれている
この不都合な身を
ひときわ四角い我が家へ再び押し込める

マンションの門扉には切れかけた灯り
夕闇のなか白々と
不規則に明滅するエントランス
剥き出しのコンクリートを一層不気味に見せて
体温は
階段のそれぞれのステップから
したたるように次々と
腕時計の秒針に刎ねられて次々と
ずり落ちる
ぬめらかに夜は肌へ垂れさがり

少し内側にへこんだドアを開けると
ブシュッと音をたて飛んでいく物
換気扇のフィルターか除湿剤か理性か
ゴキブリの一匹すら見かけぬこの部屋だ
はたして健康的なんだろうかね
クローゼットに本棚にはらわたと
あらゆる収納の中身は
すべてがゴミだったというのに

パソコンの隣で
ついにはサボテンがひからびる
メールの文字がパラパラと崩れ落ち
バランスを失った角質層みたい
くたびれた三十女が一人笑う
笑うも一層ひび割れて
褪せて乾く秋口の
スキンコンディションは最悪だ

だから一つ
ネズミの通路にも使えないその隙に
正しい言葉を一つ挟むなら
なるべく軽くて薄いものをと
じわりじわりと漏洩する私を
多い日でも安心ですと
両腕を広げて迎えてくれるような
そんなしなやかな朝を
腫れぼったい目でシュレッダーの中
今夜も探している

やがてゴミ山でのた打つ朝が
バインダーのとじ具から逃れ
やっとのことで這い出してきた本能
まだかろうじて使い物になるだろうそいつでもって
私の日常をめぐる
世界のメンテナンスは行われていた

胸につかえた昨日は
ぬるいエビアンで流し込み
くすんだ鏡の前
きゅっとリップクリームを一塗り
入り組んだ雑踏の中
携帯もタバコも砂利銭も
この皮膚のようなポケットに
よく馴染むってことの
何が悲しくて泣かなければならない

 飛んでいったペットボトルのキャップは
 誰かの日常を挟んでいただろうか

仰いだ空は晴れあがり
飛行機雲がただ白い
背筋をぴんと伸ばしたまま
今日も私は健やかで
プリーツスカートのまっすぐな折り目を
それは美しく歩く

文学極道

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