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作品 - 20081008_889_3073p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


眠り(a)

  疋田

指で作った覗き穴の向こうで
かなぶんがひっくり返っている
そのうちにかなぶんは足の付け根や
頭と胴体の隙間から伸びだした雑草に包まれて
まるでゴムボールみたいになると
ひたすらに同じ場所をころころと転がっていた
誰もいない隣の部屋では
確かアシクケリブが再生されていて
誰かがぼそぼそとしゃべる声がここまで聞こえてくる
(1)
月曜日。ゆがき過ぎて味の抜けたほうれん草を三角コーナーに捨てると、青臭さに混じってどこからか線香の香りが流れこみ、追って、引き戸のすれる音がした。おもむろに首をひねれば、ぼやけた視界の端で押入れが開いているのに気付く。僅かに開いた押入れからはこっちに向かって蟻の行列が伸びている。
(2)
月曜日。詳しくは知らないが、平和を訴えるために銀行強盗をやったという女が逮捕された。女の口元にはつけぼくろでない大きなほくろがあり、それは姉のほくろと似ている。姉はいつも障害者手帳を紐に括り付けて首から垂らしており、二十六になる今でもあいうえお、のほかをうまく言えない。姉はいつも姉の知らない人に罵られ、姉の知っている人に罵られた。そんな姉が言うには、押入れには幽霊がいるらしくて、台風が近づくと懐中電灯を持ち込んでは一日中籠もっていた。
(3)
月曜日。三角コーナーからほうれん草があふれ出し台所を埋め尽くす。いつやって来たのか、私の隣では、体育座りする姉が不自然に長い腕を伸ばして、隣の部屋の押入れを開けている。押入れの中にある懐中電灯の光線がやけに眩しい。そのせいであね、
の顔が見えないのが怖くて
がちゃん
とつぜん鉢植えが割れる音がする
窓ががたがた揺れる
「風が強いからね。」
「台風。」
「14号だってよ。」
一瞬、心臓が止まった
その声は姉のものだった
同時に綺麗な声だとも思った
もしかしたら始めから、あね、はこんなふうに話せたのかもしれない。だけど一筋の光線を残して部屋は真っ暗になり、その後は姉も私も、何一つ喋らなかった。
(4)
月曜日。大きな積乱雲が重そうに垂れている。あね、は美しいものが好きなんだと、母親がよく言っていた。あね、は、夏の真っ昼間、のぼりきった太陽に金平糖をかざしていた。あね、はすっぽりと壷に収まった祖父の骨を、じっと見つめていた。いつやって来たのか
気が付くと
姉が押入れの前に立っている
あね、が
ゆっくりと引き戸を開けると
その隙間から
"完全な"晴れ間がはみ出してきて
姉やその裏っ側を
くっきりと存在させていく
そして不在させていく
晴れわたる空が
絨毯のように敷き詰められ
た頃には
私たちは傾い
て傾いていて
"完全な"東京、に散りばめれた葱畑に倒れ込み、鬼のいないかくれんぼをいつまでもしている。金平糖を握りしめていつまでも泣いているあね、の頭をなでて、いつまでも、強く生きるとはどういうことなのかを考えていた。

文学極道

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