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作品 - 20080512_940_2762p

  • [佳]  (無題) - んなこたーない  (2008-05)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  んなこたーない

彼女は通りを歩いている。
あたらしい長身の恋人と。
覆面レスラーは、オートバイで疾駆する。
ここは最後のFrontier――、
写実は終わった。ぼくは生きよう。



ぼくは生きよう。
クレテックたばこを
たてつづけに何本も吸ったりして。
ペリカンの生態に興味を覚えたら、
そのまま図書館に駆け込んだりしよう。
アンドレ・バザンに
不純な親近感を抱いたかと思えば、
アリバイ工作に画策したり、
ふと、じぶんのいまの年齢に
驚いたふりをしてみたり。
年甲斐もなく、デリケートに髪を逆立てたりして。
ときには、モンローウォークで、
サンシャイン・シティの地下歩道を、
ひとり、悠然と逆行しよう。
だれもぼくに追いつけないように、
ぼくはだれにも追いつけない。
冷酷なゼノン。
ぼくの時空間は、あくまで卵型した
伸縮スポンジにすぎないのだから、
ああ、気がつくと
吐気とともに
未明のタクシーで眠っていたりする。
あるいは、
ステージ上に積み上げられた、
何台もの100Wアンプスピーカーが、
スローモーションで、
背後からなだれてきたりする。
夜には、甲板から
はじめて自由の女神像を見上げる移民のように、
空を仰いで、
幾時間も流星探しに熱中したりする。
宇宙は無限の沈黙だから、
それでも、ぼくが戦慄するのは、
ときおり乱れるパルサーと、
この都市の奏でるタムタムが、
16ビートでリンクするからだ。
眠れぬ夜に、いつまでも目醒めたものたちが、
指鉄砲をポケット越しに乱射するからだ。
16ビートでダダダダダ。
しかし、14歳の終わりころから、
シンコペートを身体全体で覚えてきたぼくは、
スカした表情でうまく立ち回る。
だけどそのとき、ぼくの角質層は、
ひどい粘液性を帯びるだろう。
跳躍と重力が均衡すれば、
ぼくの空中ブランコは、
いつまでも、
虚空に手をさし伸ばすだろう?



ここは最後のFrontier
だれもかれもがDrifter



彼女はあたらしい恋人の前で、
はやくも膝を折るだろう。
オートバイで疾駆するなら、
レスラーよ、覆面よりもヘルメットをかぶれ。
だれもかれもがDrifter――、
ぼくは生きよう。1千万の女たちと、
散文的に、唇と唇を寄せながら。



形而上の信念を捨てろ。
賭けの味気なさを知れ。
大切なものは奪われるのだから、
失意のエクササイズに、時間を割け。

文学極道

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