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作品 - 20080407_176_2691p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


迷宮体

  黒沢





そう、帰結となる印象は、永さ…、まるで無限ともいえる永さだ。どれほどの永い時間、ためらい逡巡しながら、ここの沈黙に堪えてきたのか判らない。この迷宮は、誰の手によるものなのか。粉っぽく、湿度を孕んだ砂まみれの石畳には、大規模なわたしの影が写り、ゆるやかに伸び縮みする。きわめて制約され、繁殖力を殺された若い多年草が、地面の割れ目から、ちょうど踝の高さまで、茎を生やしている。ぴったり、同じサイズ。同じ嵩のひらいた葉。視界は、荒れ果てた壁にぶつかり、紆余、曲折する。

壁についても、いいたいことがある。堪えがたく、迷宮の迷宮たるうんざりする悪夢を、絶えず、海鳴りのようにもたらす、脱色された煉瓦の壁。その色は白というべきか、黒とよぶべきなのか。比喩すら難しい暴力によって、内側から破壊された感のある、全体の判らない伽藍の蓋い。光はさしてくる。むき出しの梁の間から、確かにそらや風の気配が見えるが、もう何百年も、わたしをじらし続ける上からの光は、迷宮の輪郭を嫌にはっきりさせ、ここの空間を計りなおしている。機械的に、捕捉し続ける。

この迷宮に、夜がないのかといえば…、違う。ありとあらゆる割れ硝子の間から、顔を覗かせ一時停止している若い多年草。ちょうど、一日の三分の一だけ、辺りのそれが、突然死する。そらから、風が一撃で奪われ、まるで津波の気配に似て、見果てぬ悪意と予感において、上からの光がいっせいに衰微する。このような仕打ちに、永遠の昼と、夜の刑罰に、堪えられる存在があり得るというのか。崩れ落ちた梁の一本が、わたしの不安定な寝床を脅かしている。おそらく、前任者のものと思われる意味不明の道具の類い、布や、石や、紙の表面に、星の光が降りそそぐ。



さて、何十万の文字と、何万の改行でなる日記を、わたしがここでものにしたか、判らない。迷宮は、今も、今に至るこれまでの間も、とても静かだ。なおも脱色している煉瓦の壁と、意図の知れない梁の破壊。ためらい傷に似た足跡だらけのこの構造体の向こうに、つまり、悪意に満ちた闇のそらに、らせん状星雲が見え隠れする。大きなリングを、二つ垂直に重ね合わせた設計のはずだが、わたしの視角からは、丸い、ぼんやりとした真円にしか見えない。理論上の振動ベクトルと、特定周波数の不可視の光に、侵食され続けるのは大いなる慰めだ。

わたしの日記は、らせん状星雲を写し取るだろう。比喩、としての修辞でなく、文字と、改行でなるその内部では、星雲が死に、膨大に渦巻くだろう。まもなく…、周囲の多年草が起き、息を吹き返す。もはやこれが、何度目になるのか判らない。昼がきて、上からの光がこの迷宮を照らしだす。わたしは再び、永さ、永さと、喚き散らすばかりだ。見覚えのない坂路が現れ、わたしの伸び縮む影の近くで、生きたように全く動かない。わたしの迷宮は、つまりこんな具合だ。こうなのだ。



突然の曲がり角に会うと、わたしの内部で水がわき、涸れるのが…、判る。やがて、わたしは死ぬだろう。わたしの髪の毛の一本一本が、星雲の細やかな光を形づくるだろう。

文学極道

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