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作品 - 20080118_725_2556p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  鈴木

もうすぐ。兄は、クリスマスイブの約束を破って、新しい彼女と出かけたまま行方不明になっている。近くの広場では、凧があがっている。凧って、あんなふうに揺れ動くものだ。母が作った雑煮を食べてテレビを見るわけでもない。午後は、これからデパートに出かけて、大賑わいのバーゲンセールを見学する。母が用意したマフラーを首に巻いて、バッグを取りに部屋に戻った。部屋には弟がいて、わたしのベッドで寝転がって漫画を読んでいる。地元のスターバックスでバイトを始めたばかりの弟は、初めての給料でわたしに漫画を買ってくれた。その漫画を読んでいる。思い返すと、まだ幼いころ、わたしの夢は漫画家になることだった。漫画なんて一度も書いたことないけど。わたしは、弟がわたしに漫画をくれた日にその漫画を徹夜で読んだ。夕食の後、部屋に閉じこもって。デパートに勤める女店員がデパートを経営する男社長と恋に落ちる。恋に落ちた二人は失踪する。デパートは、やがて倒産し、そこに新しいデパートが作られる。新しいデパートに勤める女店員が新しいデパートを経営する男社長と恋に落ちる。恋に落ちた二人は失踪し、デパートは、やがて倒産する。そこに新しいデパートが作られる。わたしは、そこまで読んで、その後、この漫画がどうなるかなんて興味がわかなかった。もしかしたら終わらないのかもしれない。弟は、わたしと目が合うと、寝返って背中を向けた。ふとももの後ろがむき出しになったジーンズは、兄のお下がりだ。ふとももの後ろを見る限り、弟は、母に似て肌が白い。わたしは、父に似て肌が黒い。わたしは、髪を長くしている。バッグが部屋に見当たらず、居間にいる母にわたしのバッグがどこにあるか確認したが、母は、居間にいなかった。わたしは、そのバッグをあきらめて、兄の部屋に行って手ごろなバッグをみつけた。外に出ると、雪が降っていた。雪が降っている。道向こうのバス停から、ちょうどバスが出発した。運転手と目が合ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、わたしの気のせいかもしれない。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。わたしと同じくらいタイミングの悪い、あるいは、バスに乗る目的以外でバス停のベンチに座っている女の横にわたしは腰掛けた。わたしは、バッグの中から本を取り出した。次のバスが来るまでそれを読んで時間をつぶした。次のバスが来ても女は立ち上がらず、わたしは、一人ぼっちでバスに乗り込んだ。一番後ろの広い座席の右側に座り、本の続きを読み始めた。雪が降っているので、人はそんなに見当たらない。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。わたしは、バッグの中から次の本を取り出し、次のバスが来るまでそれを読んだ。わたしの横に女が腰掛けた。以前、どこかでその女と出会ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、わたしの気のせいかもしれない。次のバスが来ると、女は立ち上がり、わたしは一人残された。運転手と目が合ったような気がした。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。真っ白い雪がバッグの上に降りつもる。兄は、どうしようもなく母に似ていた。わたしは、バッグの中から次の本を取り出した。次のバスは、三十分遅れで到着した。一番後ろの広い座席の右側に座り、本の続きを読み始めた。母がいなくなるたびに新しい母を見つける父の話だったが、わたしは、興味がわかなかった。運転手がすでにいなくなっていることに気づいたわたしは、バスを降りた。近くのバス停まで歩くことも考えたが、予定を変更して、近くのデパートに行くことにした。昼過ぎのデパートは、賑わっていた。弟が寝転がっている屋上に顔を出すと、兄が寝転がっていた。兄は、わたしと目が合うと、寝返って背中を向けた。雪が降っていた。サングラスのせいかもしれない。次の弟が来ると、兄は立ち上がった。時刻表を確認すると、次の弟は三十分遅れていた。女店員は、私の横に座ると、バッグの中から次の本を取り出し、次の男社長が来るまで本を読んで時間をつぶすことにした。一番後ろの広い座席の右側に父が座り、左側に母が座る。父と母は右と左を逆にする場合もあった。雪粉でうまる空を凧があがっている、デパートの屋上より高いところで、右と左に揺れ動いている。右には母がいて、左には父がいる。その間を凧が行ったり来たりしながら、時折、父と母は右と左を逆にする。母が左になると、父は右になる。母と父は、時折、逆になる。デパートの屋上より高いところで、父と母の間を凧が揺れ動いている。母が立ち上がると、父は残された。時刻表を確認すると、次のデパートは三十分後に新しくなる。バッグの中から本を取り出し、新しくなるまで時間をつぶすことにした。新しくなると、次の本を取り出し、横に座った。以前、どこかで出会ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、気のせいかもしれない。雪がふる、右にはいつも母がいて、父が左にいる。三十分が過ぎるとすべてが新しくなる。すべてが新しくなる。弟が買ってくれた漫画をバッグから取り出し、それを小脇にかかえデパートの地下にあるスターバックスに行くと、わたしが座る兄の横には新しい彼女が座っている。恋に落ちた二人は失踪する。そこまで読んで、それはいつもどこかに書かれていることだ。しかし、それは、わたしのせいかもしれない。それは、わたしのせいだ。

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