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鈴木

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


カット、コピー

  鈴木

無数の目がくくり抜けた町の向こうには巨大な水ぶくれがあった。父親が枯葉になる童話を子供に読み聞かせた女は家を抜け出し手頃な寿司屋に立ち寄った。店は比較的繁盛している。女は本日の牛肉が昨日の牛肉よりいくぶんだが柔らかいと板前に語りかける片腕のちぎれた男の横に座った。店内を見渡すと奇妙な日本語が書かれた紙があちこちに張り巡らされていたが、それをすり抜けるように水ぶくれはゆっくりと移動した。おそらく表面をかりかりにするには時間が足りないのだろう。今頃になって時計の針かなにかが、なにかのはずみで水ぶくれに刺さり女は口に入れたばかりのいくらを吹き出した。数えきれないほどの膨れっ面がきれいに跳ね上がるのを横目で他人事のように見やった女は、ちぎられた腕が間違いでつけられた板前の右腕にぐいと引っ張られた



オレンジ色の半透明の球体の中では寡黙な女たちの熟練した手つきで冷やし飴が大量に作られそれが市販されるまでに、この町に住みついた利口な子供たちだけが招かれる試飲会があるという。その日工場長はおもむろに立ち上がると、治療された虫歯を子供たちに遠慮なく振る舞い始めた。一様に利口な子供たちは工場長の虫歯の位置を正確に記憶してしまうと、すべてに退屈した顔で方々に散らばっていった。つまりごくまれにこういうふうなものが生まれてしまうということに自ら気付いてしまうのだ。やがて水ぶくれは空に被さり老女の妖しい腰つきでしつこく揺れ動くうっとうしい、という子供の声が日本語スクールで培われた奇妙な日本語の発話でもってアボガドと一緒に巻かれてしまう時ぼくたちはやっぱりそれを英会話学校で先生に教わった印象的な英文のように永遠に繰り返してしまう。なにもかもを了解しない板前は女の側に横たわりネタを切る包丁を宙に無造作に放り上げた。それが水ぶくれの一番下のいちばんやわらかいところにつきささりその穴からは子供たちの体の一部と思われるものが、次から次へと落ちてくる。女はそれを拾い集め、最後に冷やし飴を注文しそれがいくらも冷やされていないことを知ると、かつてどこにも存在しなかったかのような証拠を寿司屋に残し、からからと吸い込まれていくだろう

 生け簀の中の魚はいちまいうろこが剥がれるたびに、鳴き声をあげた
 調理されるのに待ちくたびれたけどわたしは産卵には慣れているから


Miss World 2007

  鈴木


誰かの奇襲をうけ、道端でうずくまっている男に出会った。ぼくは、男を抱きかかえ、近くの公園につれていって、ベンチに座らせた。公園は、小さい子を連れた母親が何人もいて、彼女らには、やあ、と言いながらその場で立ち話をはじめるような迂闊な軽さはなかった。男は、ベンチに横になって、その様子を見ていた。公園は丘の上にあって、うまく角度を調整すれば海が向こうに見えた。海には、真冬ののっぺらぼうがいくつも浮かんで、仰向けに水を噴き上げていた。ところどころに水柱が立ち、その高さはまばらだった。ぼくは、明日から旅に出るつもりだが、おそらくそれは二日程度の旅になるだろう、南へ、と男に言った。男は、まったく動じずに、海に立ついくつもの水柱を興味深く見つめていた。公園には子供たちを長時間引き止めるような遊具はなかったが、真ん中に大きな砂場があって、子供たちは、だいたいそこで遊んでいた。のっぺらぼうと男は、海面で小魚の群れが向きを変えるたびに、同じタイミングで歓声を上げた。歓声があまりにもしつこいので、子供たちは自分たちの作った砂山のことな んて忘れて逃げ出した。母親はそれに付き添うように移動したが、あまりに急だったので、何組かの親子が転んでしまった。ひざ小僧をすりむいた子供たちは、その場で泣きじゃくり海に向かって、こうべを垂れた。のっぺらぼうは、それを見て笑い、足をばたつかせた。ぼくは、男の手当てがすっかり遅れていることを悔いた。波音が届き、水柱は円を描くように動いている。のっぺらぼうがこのまま陸に上がるとなると、もっと大きな騒ぎになるだろう。逃げ遅れた子供たちは、その騒ぎを同じように予感したのか、その場にへたりこんだ。男は何か言ったが、しっかりと聞き取れなかったので聞き返すと、子供のころ、のっぺらぼうの顔にマジックで落書きしたのはだあれ、と言って笑いだした。砂山のトンネルをのぞきこむと、向こう側の海で水着姿の子供たちがビニールボールをふくらませている。ひとりがふくらますのに疲れると、べつの子供がふくらまし、そうやってビニールボールをどこまでも大きくする。トンネルの穴に入りきらないほどの大きさになると、子供たちは、けらけらと笑い、ぼくと男は、それを両側から破裂しないようにそっと引っぱりだそうとした。水柱が砂埃を巻き上げて、小魚の群れが砂浜に打ち上がる。ぼくは、手首をへんなふうに曲げて、あれは真冬の海に浮かぶのっぺらぼうの仕業だと思った。男は、ぼくに同調したが、いずれにしても、それは放っておくと簡単に破裂してしまうだろう。子供たちは、肩を揺さぶらせ、お仕置き!お仕置き!と声を揃えているが、水柱が目印だ、また、来年の冬に戻ってくればいいさ、と言って、逃がしてやることにした。小魚がぴちぴちとはねる砂浜を歩いているかれの姿を、ぼくは目に焼きつけた。


(無題)

  鈴木

もうすぐ。兄は、クリスマスイブの約束を破って、新しい彼女と出かけたまま行方不明になっている。近くの広場では、凧があがっている。凧って、あんなふうに揺れ動くものだ。母が作った雑煮を食べてテレビを見るわけでもない。午後は、これからデパートに出かけて、大賑わいのバーゲンセールを見学する。母が用意したマフラーを首に巻いて、バッグを取りに部屋に戻った。部屋には弟がいて、わたしのベッドで寝転がって漫画を読んでいる。地元のスターバックスでバイトを始めたばかりの弟は、初めての給料でわたしに漫画を買ってくれた。その漫画を読んでいる。思い返すと、まだ幼いころ、わたしの夢は漫画家になることだった。漫画なんて一度も書いたことないけど。わたしは、弟がわたしに漫画をくれた日にその漫画を徹夜で読んだ。夕食の後、部屋に閉じこもって。デパートに勤める女店員がデパートを経営する男社長と恋に落ちる。恋に落ちた二人は失踪する。デパートは、やがて倒産し、そこに新しいデパートが作られる。新しいデパートに勤める女店員が新しいデパートを経営する男社長と恋に落ちる。恋に落ちた二人は失踪し、デパートは、やがて倒産する。そこに新しいデパートが作られる。わたしは、そこまで読んで、その後、この漫画がどうなるかなんて興味がわかなかった。もしかしたら終わらないのかもしれない。弟は、わたしと目が合うと、寝返って背中を向けた。ふとももの後ろがむき出しになったジーンズは、兄のお下がりだ。ふとももの後ろを見る限り、弟は、母に似て肌が白い。わたしは、父に似て肌が黒い。わたしは、髪を長くしている。バッグが部屋に見当たらず、居間にいる母にわたしのバッグがどこにあるか確認したが、母は、居間にいなかった。わたしは、そのバッグをあきらめて、兄の部屋に行って手ごろなバッグをみつけた。外に出ると、雪が降っていた。雪が降っている。道向こうのバス停から、ちょうどバスが出発した。運転手と目が合ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、わたしの気のせいかもしれない。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。わたしと同じくらいタイミングの悪い、あるいは、バスに乗る目的以外でバス停のベンチに座っている女の横にわたしは腰掛けた。わたしは、バッグの中から本を取り出した。次のバスが来るまでそれを読んで時間をつぶした。次のバスが来ても女は立ち上がらず、わたしは、一人ぼっちでバスに乗り込んだ。一番後ろの広い座席の右側に座り、本の続きを読み始めた。雪が降っているので、人はそんなに見当たらない。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。わたしは、バッグの中から次の本を取り出し、次のバスが来るまでそれを読んだ。わたしの横に女が腰掛けた。以前、どこかでその女と出会ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、わたしの気のせいかもしれない。次のバスが来ると、女は立ち上がり、わたしは一人残された。運転手と目が合ったような気がした。時刻表を確認すると、次のバスは三十分後だった。真っ白い雪がバッグの上に降りつもる。兄は、どうしようもなく母に似ていた。わたしは、バッグの中から次の本を取り出した。次のバスは、三十分遅れで到着した。一番後ろの広い座席の右側に座り、本の続きを読み始めた。母がいなくなるたびに新しい母を見つける父の話だったが、わたしは、興味がわかなかった。運転手がすでにいなくなっていることに気づいたわたしは、バスを降りた。近くのバス停まで歩くことも考えたが、予定を変更して、近くのデパートに行くことにした。昼過ぎのデパートは、賑わっていた。弟が寝転がっている屋上に顔を出すと、兄が寝転がっていた。兄は、わたしと目が合うと、寝返って背中を向けた。雪が降っていた。サングラスのせいかもしれない。次の弟が来ると、兄は立ち上がった。時刻表を確認すると、次の弟は三十分遅れていた。女店員は、私の横に座ると、バッグの中から次の本を取り出し、次の男社長が来るまで本を読んで時間をつぶすことにした。一番後ろの広い座席の右側に父が座り、左側に母が座る。父と母は右と左を逆にする場合もあった。雪粉でうまる空を凧があがっている、デパートの屋上より高いところで、右と左に揺れ動いている。右には母がいて、左には父がいる。その間を凧が行ったり来たりしながら、時折、父と母は右と左を逆にする。母が左になると、父は右になる。母と父は、時折、逆になる。デパートの屋上より高いところで、父と母の間を凧が揺れ動いている。母が立ち上がると、父は残された。時刻表を確認すると、次のデパートは三十分後に新しくなる。バッグの中から本を取り出し、新しくなるまで時間をつぶすことにした。新しくなると、次の本を取り出し、横に座った。以前、どこかで出会ったような気がしたが、サングラスをかけていたので、気のせいかもしれない。雪がふる、右にはいつも母がいて、父が左にいる。三十分が過ぎるとすべてが新しくなる。すべてが新しくなる。弟が買ってくれた漫画をバッグから取り出し、それを小脇にかかえデパートの地下にあるスターバックスに行くと、わたしが座る兄の横には新しい彼女が座っている。恋に落ちた二人は失踪する。そこまで読んで、それはいつもどこかに書かれていることだ。しかし、それは、わたしのせいかもしれない。それは、わたしのせいだ。


(無題)

  鈴木

テレビ局の人間が
黒いワンボックスカーのそばでタバコをふかしている
沿道にはグッバイボーイが立ち並ぶ
警察官は声を荒げるが
かれらは少しも動こうとはしない
最大の難関と言われる急な上り坂の手前で
ランナーが続々とリタイアする
白バイが
先頭を快走する英国人ランナーを追い抜いてエス字カーブに
衝突する


バックミラーでかれらの顔を捕捉して
次の中継点へ向かう
奇妙な走法の英国人ランナーは何食わぬ顔で
先頭を走っている
二キロ先の折り返し地点では
友人が
舶来のウィスキーをグラスにこぼし
黄色い声援を送りつづけている
黒いワンボックスカーに仕掛けられた原子爆弾が
爆発する


*

日曜日の今日は全国の学校がお休みだから
グッバイボーイがたくさん駆けつけて
ランナーに向かって
右手を振っている

グッバイ


(無題)

  鈴木

丸ノ内のOLさんが高層ビル郡の隙間に見つけた小さなベンチで
体をちっこくしてお弁当を食べているのを見ると
あの子も遠くの町からやってきたのかなて思ったり
仕事終わってカラオケ行って「東京は愛せど何もない」って歌って
日曜日はどこにも行きたくなくて
ピザをとったらピザ屋の彼女になってみたいんだろうか
19万も持っていない君が東京で着ている服は高すぎないんだろうか
そしたら誰かが君を殴ってくれるんだろうか
東京は今にも雨が降り出しそうだけど
君の地元はどうなんだろうね そんで、おれの地元はどうなんだろう


グッドレビュー

  鈴木

彼女は、よみふけった。言葉を一切合財打ち捨てて
それだけの理由で長い旅に出た。最初にたどり着いた国で
顔のよい男と恋をして、そのあと三人の子供に恵まれた。
彼女はそれからもにんしんをして、男の寝る部屋のまんなかのベッドに
たどたどしい足取りで近寄った。
「きっと同義語のはなしをしたがっているに違いない」
と言われた気がした。
妻殺害の容疑者だ。
逃げるように姿をくらませ別の男と暮らし
まったく不発におわった未完の処女作を執筆して
いじげんに行った。


幼少の頃、
自分は完全に満足が得られない、という理由でこの国のあの人が
実在的なものとして体験され、
麻薬は一切使用しない、という約束さえも一方で破棄し
彼女は、放列する視線からは決して目をそらさなかった
というか、ていうか、
太陽の光のつまらなさ、と先ほどのつまらなさを頭上でブン回し
それらを等価に混合して彼女の今を探索しようにも
これはやはり性的な情緒が非なんとか的に解釈され
移転もままならないとわかったからだ
誰がって、彼女が、だ。


きっとよくない話に導かれて
やわらかな移動力もなくして
変位の代数に閉じこもった脆弱な続がらを幕切れに、彼女とその仲間は
所定の時刻になると素振りがくるったように
頬笑みを唾棄した人たちの記憶を横滑りさせ
それは、まるで内圧からあるように、突然、そして、激しく、
いきおいはもうボロボロと、
ハワイの観光を題材にした処女作のタイトル
「大丈夫です、つまらない駄作です」を不慣れなフランス語にして
むやみに誰かに語りかけたりしながら家の壁に自分を立てかけて
暮らした。
うまれてから今までずっと。

文学極道

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