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作品 - 20080111_606_2539p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


書簡より

  soft_machine

夢の径がいくつかに枝わかれして
闇は星運きに尋ねられるくらい澄んでいたから
どこを昇れば神さまに会えるのか思いあぐねる

うまれ始めの虹のいくつかを過ぎて
きのう歌を唄う夢
大気をよく知る樹々のものに還る
乾きの奥を進む水はささやく

目覚めてからもよろこびに包まれたまま
もうこれ以上考えられぬからと考える
何故か人は何故を
静止画のように思って太陽を見ている
そんな男のおごり
退屈そうな鴉がどこまでもついてくる
さみしさが何故か僕の何故

 ・

花をたくさん
飾ってあげて と
テラコッタを願って削り積まれた花壇
日暮れを待って水をあげたの

虹掛かるから
指をくみあわせると
そこに蜂にも蝶にも見とれない
まるでニンフの笑みがあったから
水があふれて唇に
涙がふれるまであげるの

しおざいがするわ
すると一瞬もっと陰って
体育館の表でバレーボールの練習生が
わっと風を受け止めたわ
それから幼い街路樹の前で
佇むルソーの亡霊を見たの

幻は都会にだってすこし探せば
お互いを祝い合って生きているのよ
真夏の氷のように
短い今を生き延びながら

 ・

老女の乳房がそよ風にのんびり垂れるから
すっかり珍しくなった停電を待ちながら
すり減りだした歯でくわえたシエスタ
透けた寝巻きが切なくて
朗らかにきゅうりを齧りことばを磨く
片方の足の裏であそぶ小蝿と共に

お前も
いつか
この裸のように描かれてくれるか
居室で洗濯物たたみながらおしっこ溜めたまま
時おり驟雨で目を覚ます
夜のオーネット・コールマンのようだ
何も残さない玉葱の皮を剥きながら
何も隠さない惚けた目の色しながら

かけて感情を出し尽くしてもなお眠りのようにからっぽ
ことばで満たすことはきっとできない
真実の先っぽのすき間が気になるんだ
たまにはてのひら
ひっそり重ねてくれないか

 ・

足りているの
コバルト
ルフランは擦り硝子のパレット
いつ剥ぎ取っても構わないけれど
チューブをするようにからだも絞って
あなたの好きだった色達が待っているから
わたしだって好きに並べる

花だって望んで枯れてゆくもの
さびしくなってしまった部屋に理由はないわ
向こうの教会でずっと祝われていたかったけれど
今日のわたしのキュロット
窓辺にひとつかふたつ干してくれれば
線いっぽんだけ選んで
きっと描いて

 ・

いいさ音がやたら響いて後味も豊かすぎるから余計に威を張って
チャ−#4がこれ以上薄まる前に片づけようか
話はお前の拙いキトリが塑像される前のこと
いつの間にか誰もいなくなった客室で
何のために飲むか忘れた酒に倦んでゆく前の
濯い忘れた布の汚れっぷりが心地いい

俺はどこから来たのかもう分からないからいいんだ
熟れ崩れた果実を日常に忍ばす枝絡まっていいんだ
自由はどうしようもなく退屈なもの
何故だろうお前が笑顔だけ残していった
仕方ない昨日まで突きつけてくる道をゆく
返すものなど…無くていいんだ

 ・

ひさしぶりの風に
かなしみを思い出してみたの
柔らかく日差しをゆらすレース越しに見れば
あなたの笑顔だけは、今朝もフライパンの中で元気

忘れないと決めていたの
この不思議な鮮やかさの灰いろ
興奮したかと思えばまたすぐ疲れて
ベランダの隅っこでする独り言が好きな
あなたはねぐらを洞に探すこうもり

あなたとわたし土から産まれて
ながい時間かけて灰に還る
恐ろしい朝と希望の、海へ

生活の網のすき間に指を挿すおんなね
いつも泣くたびかわいた何度も
求められてわたし
神様だって気持ちいいのが好きなの
その名前の前で産まれたてのはだか
胸の尖に甦るのどうしようもないの

 ・

緑の歓声一面に群れ
雲はどこまでもはぐれ
俺はどこにも鍵を掛けない

一日一度の許された打鐘
会わなくなっても
こうして感じる
お前は晴天に似合うきっと今も
ぽろぽろこぼれるニゲラの種も
赤土の荒野を吹きぬける
おなじ酒をおなじ口でひとり
よろこびひとつ朔すまで
降りそそげ
鮮やかに
いまだ摂氏三十度
アルタミラで復活し
蜃気楼すら陰る秋の日
お前と一緒に音楽を聴くと
不思議な一致がたくさんあって
ケニ−・ドリューの技の衰えは
山鳴りとなまめかしく混ざり
記憶の中では
かえって瑞々しいくらいだ

寂しいか 這い出る瞬間
懐かしい の問いに包まれる

 ・

擦り剥けた膝からのぞくの骨
唾すりつけてなおす高校生の人
幕前でふるえながら台詞を詠って
私だけに向けた眼差し演じ続けたこと
知ってるわ
みんな嘘だってこと
嘘が実はやっぱり本当で
本当の答えはこれっぽちも嘘にできないって
あなたのことばと
わたしのことばで
たったひとつのいのちになるの
訳はしらない
訳がわかるのは退屈だから
花屋さんが好きなの
あの沈黙が好きなの
湿った空気の中で誰もが溶けてゆく感じ
それは優しさではなくて
祈りでもない
まして迷いで騙る
愛の名なんかじゃない
そう、どうでもいいような
ふと飛びたつ小鳥の欲しいままの空
どこまでも歩きつづける雨の犬の軒先
そんなたくさん選べる中からほんの少しだけ
大切にしているもののひとつ
生きるだけのことのほかのあなた
何が欲しいの
わたしはどうしたって謎をあげたい
すこし寒くたって
わたしは見上げつづけるわ
そうすればきっとなれるわ
いつまでも空になれるわ

文学極道

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