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作品 - 20071228_373_2520p

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Miss World 2007

  鈴木


誰かの奇襲をうけ、道端でうずくまっている男に出会った。ぼくは、男を抱きかかえ、近くの公園につれていって、ベンチに座らせた。公園は、小さい子を連れた母親が何人もいて、彼女らには、やあ、と言いながらその場で立ち話をはじめるような迂闊な軽さはなかった。男は、ベンチに横になって、その様子を見ていた。公園は丘の上にあって、うまく角度を調整すれば海が向こうに見えた。海には、真冬ののっぺらぼうがいくつも浮かんで、仰向けに水を噴き上げていた。ところどころに水柱が立ち、その高さはまばらだった。ぼくは、明日から旅に出るつもりだが、おそらくそれは二日程度の旅になるだろう、南へ、と男に言った。男は、まったく動じずに、海に立ついくつもの水柱を興味深く見つめていた。公園には子供たちを長時間引き止めるような遊具はなかったが、真ん中に大きな砂場があって、子供たちは、だいたいそこで遊んでいた。のっぺらぼうと男は、海面で小魚の群れが向きを変えるたびに、同じタイミングで歓声を上げた。歓声があまりにもしつこいので、子供たちは自分たちの作った砂山のことな んて忘れて逃げ出した。母親はそれに付き添うように移動したが、あまりに急だったので、何組かの親子が転んでしまった。ひざ小僧をすりむいた子供たちは、その場で泣きじゃくり海に向かって、こうべを垂れた。のっぺらぼうは、それを見て笑い、足をばたつかせた。ぼくは、男の手当てがすっかり遅れていることを悔いた。波音が届き、水柱は円を描くように動いている。のっぺらぼうがこのまま陸に上がるとなると、もっと大きな騒ぎになるだろう。逃げ遅れた子供たちは、その騒ぎを同じように予感したのか、その場にへたりこんだ。男は何か言ったが、しっかりと聞き取れなかったので聞き返すと、子供のころ、のっぺらぼうの顔にマジックで落書きしたのはだあれ、と言って笑いだした。砂山のトンネルをのぞきこむと、向こう側の海で水着姿の子供たちがビニールボールをふくらませている。ひとりがふくらますのに疲れると、べつの子供がふくらまし、そうやってビニールボールをどこまでも大きくする。トンネルの穴に入りきらないほどの大きさになると、子供たちは、けらけらと笑い、ぼくと男は、それを両側から破裂しないようにそっと引っぱりだそうとした。水柱が砂埃を巻き上げて、小魚の群れが砂浜に打ち上がる。ぼくは、手首をへんなふうに曲げて、あれは真冬の海に浮かぶのっぺらぼうの仕業だと思った。男は、ぼくに同調したが、いずれにしても、それは放っておくと簡単に破裂してしまうだろう。子供たちは、肩を揺さぶらせ、お仕置き!お仕置き!と声を揃えているが、水柱が目印だ、また、来年の冬に戻ってくればいいさ、と言って、逃がしてやることにした。小魚がぴちぴちとはねる砂浜を歩いているかれの姿を、ぼくは目に焼きつけた。

文学極道

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