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作品 - 20071206_058_2489p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


黒いコート

  ためいき

夕方の暗い空から
静かに降る雪
納屋の前の黒いコートは
わたしが待つ男のため
彼はコートを被り
納屋の隅で
安らかに眠るだろう
古い農機具に囲まれ
屋根裏からは
子猫の鳴き声が聞こえるだろう

深夜
母がわたしを起こしに来た
低い感情のない声で
「誰かが首を吊っている」と言う
隣の空き部屋
幼年のがらくたが埃をかぶる上に
黒いコートがぶら下がっている
わたしは低く呻き
ドアを閉ざした
「朝早くに始末するよ」
階段を軋ませながら
母はゆっくりと降りていった

あの閑散としたスナックで
影の薄い中年のママが差し出したビール
顔を上げられずにいた彼は
望みのない愛情を抱いていた
理由をたずねる度に
くるしく微笑んだ横顔
・・・彼は
もう一度
生まれようとしていたのかもしれない
かすかな石の匂いのする
あの胎内から

彼は始末され
それでもわたしは
生き続けなければならない
おそらくは
この冬を越すことのない子猫を
朝の光のなかに抱き上げる
輝く毛のなかから
目だけが大きく迫り
遠い雪の上に
燃えている炎
あの黒いコートを
燃やす炎だ

文学極道

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