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作品 - 20071128_738_2468p

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カット、コピー

  鈴木

無数の目がくくり抜けた町の向こうには巨大な水ぶくれがあった。父親が枯葉になる童話を子供に読み聞かせた女は家を抜け出し手頃な寿司屋に立ち寄った。店は比較的繁盛している。女は本日の牛肉が昨日の牛肉よりいくぶんだが柔らかいと板前に語りかける片腕のちぎれた男の横に座った。店内を見渡すと奇妙な日本語が書かれた紙があちこちに張り巡らされていたが、それをすり抜けるように水ぶくれはゆっくりと移動した。おそらく表面をかりかりにするには時間が足りないのだろう。今頃になって時計の針かなにかが、なにかのはずみで水ぶくれに刺さり女は口に入れたばかりのいくらを吹き出した。数えきれないほどの膨れっ面がきれいに跳ね上がるのを横目で他人事のように見やった女は、ちぎられた腕が間違いでつけられた板前の右腕にぐいと引っ張られた



オレンジ色の半透明の球体の中では寡黙な女たちの熟練した手つきで冷やし飴が大量に作られそれが市販されるまでに、この町に住みついた利口な子供たちだけが招かれる試飲会があるという。その日工場長はおもむろに立ち上がると、治療された虫歯を子供たちに遠慮なく振る舞い始めた。一様に利口な子供たちは工場長の虫歯の位置を正確に記憶してしまうと、すべてに退屈した顔で方々に散らばっていった。つまりごくまれにこういうふうなものが生まれてしまうということに自ら気付いてしまうのだ。やがて水ぶくれは空に被さり老女の妖しい腰つきでしつこく揺れ動くうっとうしい、という子供の声が日本語スクールで培われた奇妙な日本語の発話でもってアボガドと一緒に巻かれてしまう時ぼくたちはやっぱりそれを英会話学校で先生に教わった印象的な英文のように永遠に繰り返してしまう。なにもかもを了解しない板前は女の側に横たわりネタを切る包丁を宙に無造作に放り上げた。それが水ぶくれの一番下のいちばんやわらかいところにつきささりその穴からは子供たちの体の一部と思われるものが、次から次へと落ちてくる。女はそれを拾い集め、最後に冷やし飴を注文しそれがいくらも冷やされていないことを知ると、かつてどこにも存在しなかったかのような証拠を寿司屋に残し、からからと吸い込まれていくだろう

 生け簀の中の魚はいちまいうろこが剥がれるたびに、鳴き声をあげた
 調理されるのに待ちくたびれたけどわたしは産卵には慣れているから

文学極道

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