なぜ、花には骨がないのでしょう
僕が持ってきた白百合を
すっかりやせ細ってしまった両手で持ちながら
真白い部屋の中央に置かれたベッドの上で
半身だけ起きた彼女はそう呟いた
僕は一瞬、冗談かと思ったが
彼女の顔に笑みはなかった
植物には植物の機能があるから、と
答えにもならない返事をしたが
彼女はうつむいたままだった
もし、花に骨があれば
こんな風に切り売りされることもなかったでしょうに
常人の声の大きさではもう話せない彼女のしずかな声に
僕は戸惑うことしか出来なかった
見舞う度に少しずつ影の薄くなってゆくような彼女は
ふと、ちいさく笑んだ
もし私が次に生まれ変わることができたら
骨のある花になりたい
僕はぎくりとしてしまった
取り繕うように苦笑する
花なんかになったら、
と言いかけて口をつぐむ
花なんかになってしまったら、すぐ散ってしまうじゃないか
代わりに、なぜと問いかける
花は
花というだけで愛されるでしょう
白い部屋
白いシーツ
白くなってゆく彼女
僕は首を振った
君だって、充分に愛されているよ
彼女は僕を見つめた
そして僕の後ろの窓の外を見やった
彼女がこの病室で過ごし始めたのは春だった
今、窓の外は初冬
季節を移ろうごとに彼女を見舞う人は少なくなっている
彼女の、両親でさえ
ひとりでもうつくしく咲き誇って、潔く散る
花になりたい
違う、と言いたかった
君をひとりさせてしまっているのは
日々見舞う人が足遠くなってゆくのは
君が愛されてないからじゃない
愛されていればこそなのだと
愛されていればこそ
君を見舞うのが辛くなるばかりなのだと
けれど
僕には、何も、言えなくて
骨のある花に生まれ変われたら
無下に手折られることもないでしょう
そうして
短い命でも、私、納得できる
無表情を保つのが精一杯の僕に
彼女は白百合を差し出した
花瓶に、と言いかけたその手の百合の花びらが
一枚
ほとり、とシーツの上に落ちた
彼女は無言で
その一枚を摘むと
しずかな一息をはき
窓から放って、と言った
僕は言われた通りに
その一枚を窓の外に放した
花びらは風にそよいで一瞬上昇したものの
ひらりひらりと
病院を囲むように植えられた花々の中に
落ちていった
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選出作品
作品 - 20071015_586_2383p
- [佳] 「花の骨」 - 桐ヶ谷忍 (2007-10)
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「花の骨」
桐ヶ谷忍