陽ざしは強く、ながくのばした髪を浜に引きずり、わたしたちは力をこめて綱を引く。うすい殻を破っては肉をくらい、波打ち際に寄る海草を拾う。塩を噛んで、わたしたちの寄る辺はせまい潟、帯のあいだにはそれぞれの生きものが挟まれて、暮らしはまじないをつくることから始まる。
あのね、昔々わたしたちがここへ来たときには、本当に白かったの。つめもまだ桜色で、着るものも飾りだらけだった。わたしたちは試練のこどもだったから、日がたつにつれて飾りはうしなわれていったけど、けして全部いっぺんにではなかった。ひとつひとつ、うしなわれていったの。わたしたちはそのことを忘れてはいけないのよ、
この岸辺には多くの人がいる。岸辺は土地のものをよく知っていて、陸はここまで、陸はここまでと言っているのに渡っていってしまうから、仕方なくいちいち印をつけている。舟がゆっくりと潟を横切り、眷族のうちの誰もお互いを知ることはない。足を這いのぼるフナムシをはたき落とす、その指はどれもこわばっている、
花嫁は舟にのって、塩の海をすべっていくのよ、飾りを落としたぶんだけ花冠が増えていくの。連れ合いは花嫁をみるたびにかわいそうなくらい勃起して、隠す余地もないんだけど、でも誰だって花嫁をみたらそうなるものだから、とがめるひとはいない、静まりかえったなか花嫁だけがたいそう賑やかなの。
ひとりでに車軸が外れて油がこぼれる、車輪だけが移動を開始する。陸地は姿が恐ろしいので、離れていけ、離れていけと必死に櫂をつかう。流れが速いから遠ざかることはたやすいけれど、みえなくなった途端恋しさがつのって、結局また戻っていってしまう。いつまでも繰り返すからいつまでも変わらない、
ほら、大きく口を開けてないと乾かないわよ。わたしたちのまじないはとても強いけれど、わたしたち自体は強くないのだから。忘れてはだめ、砂地に水がしみこむように、起こったことを記憶するの。どんなに一日がながくても、血はながれないし、だいいちわたしたちは無血なんだから。
いましめがほどけ、車輪が土地に到る。つっかいのかわりに大きな骨をかませている。水だけがとめどなく溢れ、またすぐに乾いていく。塩を噛み、フナムシの群れがばさばさと音を立て、支配だけが積み重なる、眷族を殺し、その腕で舟をこぐ、わたしたちは砂の一粒となって陸をけずり、このままずっと。
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選出作品
作品 - 20070822_252_2287p
- [優] 眷族 - 軽谷佑子 (2007-08)
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眷族
軽谷佑子