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作品 - 20070820_219_2284p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ペンギン

  みつとみ

一年に一度だけ、
わたしと母は、海草をとりに、
江ノ島に向かう、
その途中に、枯れ木の門がある。
昔、「厚生病院」と呼ばれた場所の前を、
母の運転する車で通る。
信号待ちで、助手席から、
裏庭はどこかと目で追う。
車窓にはりついた、
すねたペンギンのグッズが、景色の中に浮かぶ。

少年だったわたしは、
病院の裏庭で、
たったひとりで、
ウルトラマンの人形をもって、
笑いながら走り回り、
(あの曇った空を)
飛ぼうとすることに熱中した。

母が、急性の腎不全で入院し、
わたしは、ヒーローの人形を片手に、
父の手を、もう片手に、
強く握り締めながら、
母のベッドの脇で、
表情だけは笑いながら、うつむきそうになりながら、
必死な思いで立っていた。

六年後に、
父は、中古の家と、
だまされて購入した、別荘用地を遺し、
肝臓癌で他界した。

「お前は近所のひとが、
『お母さんの見舞いに、いっしょに行くか?』と声をかけても、
『ぼくはあとでお父さんと行くからいいんです』といって、
ひとをものすごい目で、にらむような子でね。
大人しそうに見えるけど、ほんとうはガンコで……」
母はハンドルを握りながら、
老眼で信号を注視する。
その脇で、
わたしは泣き笑うような顔を隠している。

走りだした車。
母の昔話を聞きながら、わたしは黙って、
窓の外を見る。
名前の変わった、病院の建物が遠くなる。
曇り空を背景に、ペンギンの黒い頭がゆれる。
(飛ぶことができずに)
海につくころ、雨が降りはじめた。

文学極道

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