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作品 - 20070704_739_2176p

  • [優]   - みつとみ  (2007-07)  ~

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  みつとみ

 雷光の闇にくらみを覚えながらも、雨のなかに立ち、かすむ地平を、よりそう狼と見据えていた。雷で地に発火した炎は雨水で消えていた。眼鏡のレンズに大きな雨滴がたまっては落ちていく。
 行こう、わたしは狼にしずかに告げる。ふらつきながら、狼を見る。狼もわたしの目を見る。わたしたちは雨に打たれながら、互いにもたれあいながら歩む。

 白いもやの地に朽ちた樹が一本あった。ねじれた枝には葉はなく、幹は裂け目が走っている。その樹のしたで、わたしと狼は体を休めた。雨よけにもならない。灰色の毛から雨水が流れ落ちている。わたしは狼の背にそっと手を置く。やせている、感触でもそれがわかる。狼は雨でかすんだ彼方を見ている。賢そうな目で。口元はひきしまっている。わたしと狼は同じ地平を見つづける。

 灰色の毛皮のところどころに褐色の部分がある。鼻から額にかけては黒っぽい色をしている。わたしに牙をむくことはないが、ときおり覗かせる歯は鋭い。わたしは膝を折って、樹の根本に座り、狼の背に体をよせた。狼はわたしの匂いをかぎ、口元をなめる。互いの体温だけを頼りにした。 
 眼鏡のフレームをあげ、ジッポのライターの火をつける。狼の目は水で濡れている。火もとが熱くなり、ライターを閉じた。紺色の空気にまた包まれる。

 眠った。足下を流れる雨水の流れは、手の届かない空の雲から落ち、木やわたしたちの体をつたい、そして地表にたまる。雨水はいくからは地下にもぐり、多くは低いほうへと流れる。わたしたちは眠っていった。
 狼はわたしの首筋に顔を押しつけ、寝息を立てている。眠りながら、女の背。それもすぐに眠りの中で、流れていった。

 咳をして目が覚めた。雨は止んでいたが、寒い。暗がりのなかで、ジーンズのポケットのライターを取り出し、火をつける。女からの。いなくなってから、タバコはやめていた。味がしなくなってしまったから。銀色のライターに描かれた、片方だけの閉じたまぶたと長い睫毛。

 狼がわたしの顔を仰いでいた。何を考えているの、とでも問いたい目で。狼の首をなでる。灰色の毛に指先をいれる。もう片方の手でライターの火をかざす。暗やみに、ゆらめく。狼の目が濡れている。ライターのふたを閉じた。やみをわたしたちは見続けた。狼はわたしの膝に顔をのせた。

 それから、白い朝がくるまで、樹のしたでふたりもたれる。目を閉じると、どこまでも続く地平の彼方に、海がきらめいていたさまが見えた。あそこまで行ければ、助かるかもしれないと。そう思い、目を開けると、そこは果てのない大地。点々とした石、折れた枯草が風に吹かれて、ちぎれて空に舞う。遠くで鳥が叫び声をあげた。その声が火となって、乾きはじめた地の草を燃やしていく。



*8/9修正。「荒れ地」という言葉を「狼」シリーズ全編全面削除。第2連修正。

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