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作品 - 20070526_637_2090p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


まだ、目を覚まさない

  犀樹西人


てのひらに画鋲を
ひとつ、ひとつ、
刺してゆく
生命線をなぞったり
チクリ、チクリ、
動きはやさしい
痛みはかなしみではないから
いいのだとひとりごち
イタイ、イタイ、
どこが痛いのかなんて
もうとっくにわかっていた

カン、カン、カン、カン、
あなたは
氷が溶けて薄くなったコーラを
白くて冷たいタイルに叩きつけた
コップ、買わなきゃね。
とアタシはつぶやく
猫がタイルを舐め
タイルは赤く染まる
外では
汽車がアタシを笑っていた

少したつと
てのひらにはびっしり
画鋲が刺さっていた
はじのひとつをゆっくりと抜く
ズキズキとてのひらが
痛みのリズムをともなって
だらだらと
水のようなものを溢れさせた
それは奇妙な光景だった
知らないうちにアタシの血液は
透明になっていたのだ
ぺろり
アタシは透明な血液を舐めとる
塩っぱい
なんとなく、これは涙だ
そう思った
知らないうちにアタシのからだは
涙で満たされていたのだ

カン、カン、カン、カン、
ふと金属の匂いがした
その匂いは
正常な血液を思わせた
ゲットアップ、
あなたは
呼びつづけている
浴槽のなか
少女はまだ目を覚まさない
外で汽車は走りつづけていて
アタシは
舌を切った猫のかたわら
誰かの
しずかな泣き声を聞いていた

アタシは、全ての画鋲を
抜くことにし
まばたきをひとつ、した
抜くときの痛みが
ジワジワと
アタシを責めたてる
痛みはどうして涙を
つくりだしてしまうの
もうずいぶんと前から痛んでいる胸は
ドクン、ドクン、
からだじゅうに
涙を
はいしゅつしている

カン、カン、カン、カン、
あれは警報です。
鳴りやまないまま
アタシとあなたを
責めつづけている
そっと猫をなでると
毛が濡れて光り
アタシは泣きたくなる
知らないふりをして
優しい人間になりたかった
浴槽からあふれる、

もう、きっと
優しくはなれない

あなたは繰り返す
ゲットアップ、
ゲットアップ、
アタシは
画鋲を浴槽に投げ入れる
少女が目覚めたら
アタシとあなたも目が覚めて
またいつも通り暮らしましょう
あなたを
こころから愛しています

カン、カン、カン、カン、
見慣れた背中が
震えていて
ゲットアップ、
少女はまだ目を覚まさない
アタシのてのひらからは
涙が流れつづけている

夢ならいいのに。
背中がつぶやいた
アタシもそう思った
あなたの名前を呼んでから
アタシは、少し泣いた

文学極道

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