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犀樹西人

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


公園

  西人



風がびゅうびゅうつよい日に、少しだけあなたを思ってさみしい気持ちになりました。
手はたえず唇に触れる髪をはらっては、ゆくあてもなく
 ひら、ひら 舞います/むこうのあれ。
時計台が六時を告げると決まって、子供達は母親に連れられて帰ってゆくのです。
そして、あの子供達は星を見たことがないのでしょう。
どうしようもない気持ちは常に頭を旋回していましたが、気付かないふりをすることに慣れてしまっていた私は、仕方なくため息を飲み込んだのです。
風はいずれ止むでしょう。しゃがみこんで爪先をそろえる、バランス/てのひらは舞ったまま。
肌に感じる冷たさは気温のせいばかりではないのかもしれません。
喉が乾いてコクンと唾を飲み込んだとき、白鳥の鳴き声がして、私はなぜだか、今日は星が流れる気がしました。
かわいた匂いはやけに優しくて
 ゆぅら、ゆら あなたのところに行きたい/星が流れた先の風もこうして冷たいのなら。

アン・バランスが幸せだったなんて。


      小さい頃からずっと、星は風に流されているのだとばかり思っていて/  違うと教えてもらったのも、もう随分前のこと。

ブランコが、揺れます。
あのときもブランコはひとりで揺れて
 ギイ、ギイ
 と鳴いていました。
ゆくあてのあった手のひらは
 ひら、ひら
 舞うこともなく、
 とろり、とろり
 眠たくなるような温もりの中にあったのです。

 コクン、唾を飲み込むと感じる喉の痛み/私にごまかされた感情は、びりびりと爪先に集まってゆきます。

白鳥の鳴く声はゆくあてのない夜にいつまでも響いています。

願いなんて叶わなくていいから、と
それでも願ったこと/星が流れたのかは知りません。

足そのものが痺れになった頃、歩き出してみようと思うのです。
転んでも、歩いてみようと思うのです。


雪が溶け始める季節

  犀樹西人


そして、母は笑った/雪が溶け始める季節。

 僕は毎年そうするように、この時期になると庭の決まった位置を確かめる。自分の部屋の窓の下にある花壇/
 そこから左を見ると
 赤い花を咲かせる
 紫陽花が植えられている。
 「死体が埋まってるのよ」
 と言った姉の言葉を
 僕は信じていた。
 その頃も怖くはなかったけれど
 今思うとベタだな、なんて/姉のセンスを少し疑う。

 僕は玄関から外に出ることはあまりない。物心ついた頃から、窓/
いつものように僕は僕の玄関で、きつく結ばれたひもをとく。元は白かったはずのスニーカーに、ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう足を詰め込んで/
 「もっと小さい靴にしなさい」
 と母は言うけれど、
 大きい方が絶対いいと
 僕はいつだって思う。
 僕の父は足がとても大きい/両足がスニーカーに入ると、再びひもをきつく結びなおして窓の外を見る。
まぶしいなあ、今日はもしかしたら出ているかもしれない。

 飛ぶとき気を付けなきゃいけないことは、花壇に着地してしまうのを防ぐことだ。前に一度失敗したとき、叱られたのがかなしかったのではない/
 かなしみは常に自分に
 向けられていて、また、
 全く逆をも向いている。
 笑っても泣いてもどっちみち、
 きっとかなしいのだ/ただ母が微笑むだけで良い。
花壇を飛び越えるフォームをほめてくれたのはいつだったろう/姉も笑っていた頃だったろうか。

 花壇の前にしゃがみこむ/近くで犬が吠えていて、しかしまあそれを別段うるさいとも思わない。父が買ってきた黒く毛なみの良いシェパードは息が臭く、そして、なかなか僕になつかない/
 それでいいとは思う。
 去年の正月に死んでしまった犬を
 僕はもう一度飼いたい。
 庭を出て坂をくだったところにある、
 大きな栗の木の下。
 そこにいるのは
 わかっているのだけれど、
 いや、もういないことも
 わかっているのだけれど。
 あの犬が、僕は好きだった/その後に父がシェパードを買って嫌な気持ちになったのは僕だけだったのだろうか/栗の木に赤い花が咲いたら少しは笑えるかもしれない。

 花壇にかぶった溶けかけの雪をよける作業は、素手で行う/たいてい外は暖かい。ひんやりした雪をやんわりつかんで脇によけるその作業を僕は結構好んでいたりする。父も姉もやったことはないであろう作業を、僕は母のために行うのだ/
 姉が妊娠したときのことを僕は忘れられない。昔から軋んだ関係ではあったのだけれど、目の前で崩れてゆく日々はみんなを泣きたい顔にさせた/
 父は毎晩酒をあおり、怒鳴り
 姉は泣いて叫ぶ。
 誰かの名前を呼んでいるのだ。
 僕は母のことを考えていた/母が涙を流したのは、あのときがはじめてかもしれない。

 雪をよけてゆく手をはやめると、だんだん黒い土が見えてくる。そして、手に何か固いとがったものが触れるのだ。それは、春だ。母にとっても僕にとっても/
 姉は子供を産んだ。
 ちょうどこんな季節だった。
 それから父は、
 姉とあまり言葉を交さない。
 それでも父は、
 姉の子供に愛情を注ぐ/どっちみちかなしいのだ。だから母は笑うのだろう/時間は流れるもので、同じ時間を刻んだりはしない。

 すべての雪をよけ終えると、僕は家のなかにいる母のところへ急ぎ足で向かう。母はお昼ご飯を作っているようで、台所には僕の好きなソース焼きそばの匂いが、充満している。/

 「今年も水仙の芽が出たよ」

そして、母は笑った/雪が溶け始める季節。


まだ、目を覚まさない

  犀樹西人


てのひらに画鋲を
ひとつ、ひとつ、
刺してゆく
生命線をなぞったり
チクリ、チクリ、
動きはやさしい
痛みはかなしみではないから
いいのだとひとりごち
イタイ、イタイ、
どこが痛いのかなんて
もうとっくにわかっていた

カン、カン、カン、カン、
あなたは
氷が溶けて薄くなったコーラを
白くて冷たいタイルに叩きつけた
コップ、買わなきゃね。
とアタシはつぶやく
猫がタイルを舐め
タイルは赤く染まる
外では
汽車がアタシを笑っていた

少したつと
てのひらにはびっしり
画鋲が刺さっていた
はじのひとつをゆっくりと抜く
ズキズキとてのひらが
痛みのリズムをともなって
だらだらと
水のようなものを溢れさせた
それは奇妙な光景だった
知らないうちにアタシの血液は
透明になっていたのだ
ぺろり
アタシは透明な血液を舐めとる
塩っぱい
なんとなく、これは涙だ
そう思った
知らないうちにアタシのからだは
涙で満たされていたのだ

カン、カン、カン、カン、
ふと金属の匂いがした
その匂いは
正常な血液を思わせた
ゲットアップ、
あなたは
呼びつづけている
浴槽のなか
少女はまだ目を覚まさない
外で汽車は走りつづけていて
アタシは
舌を切った猫のかたわら
誰かの
しずかな泣き声を聞いていた

アタシは、全ての画鋲を
抜くことにし
まばたきをひとつ、した
抜くときの痛みが
ジワジワと
アタシを責めたてる
痛みはどうして涙を
つくりだしてしまうの
もうずいぶんと前から痛んでいる胸は
ドクン、ドクン、
からだじゅうに
涙を
はいしゅつしている

カン、カン、カン、カン、
あれは警報です。
鳴りやまないまま
アタシとあなたを
責めつづけている
そっと猫をなでると
毛が濡れて光り
アタシは泣きたくなる
知らないふりをして
優しい人間になりたかった
浴槽からあふれる、

もう、きっと
優しくはなれない

あなたは繰り返す
ゲットアップ、
ゲットアップ、
アタシは
画鋲を浴槽に投げ入れる
少女が目覚めたら
アタシとあなたも目が覚めて
またいつも通り暮らしましょう
あなたを
こころから愛しています

カン、カン、カン、カン、
見慣れた背中が
震えていて
ゲットアップ、
少女はまだ目を覚まさない
アタシのてのひらからは
涙が流れつづけている

夢ならいいのに。
背中がつぶやいた
アタシもそう思った
あなたの名前を呼んでから
アタシは、少し泣いた


街灯が途切れたさきには

  犀樹西人


とぼとぼと歩いていた
いとしい人の帰りを待
ちくたびれた夜に、ひ
とつふたつみっつ、ひ
とり、街灯をかぞえて

ジーンズの右ポケット
小銭と部屋の鍵が、規
則的に音をたてている
よっついつつむっつ、
足音が、リズムをとる

うたをうたう人は、愛
を叫び、それをきく人
もまた愛を想う、なな
つやっつここのつ、街
灯が途切れたさきには

とお、街灯が途切れた
さきに、そこにうたは
ない、愛を叫ぶ人もい
ない、私だけがただ、
とぼとぼと歩いている


 

文学極道

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