街が途切れてだいぶたった。僕は暗闇なかを、ギアを4速にいれて走っていた。ふとなにか思うことがあって、対向車線の空き地に車をとめようと思い、ハンドルを左に切る。何をしたかったのかは、よく覚えていない。水を飲みたかったのか、地図をたしかめたかったのか。数秒とたたないうちに、車は深い雪のなかに傾いてとまり、車輪は空転した。ノブをひくと重みでドアが開き、雪にはまってとまる。真っ暗な2車線のハイウエイの、空き地の向こうに、2、3軒の民家があり、いちばんむこうの1軒には明かりが点いている。
ふらふらと、明かりの点いているポーチに近づく。ドアをノックしてしばらく待つと若い女性の声が少し待つように告げ、やがて背の低い黒人の男が現れた。彼は、僕の肩ごしに、20メートルばかり向こうに傾いてとまっている車に目をやる。物音ひとつしない、冷えてゆく平原の真ん中で、空には星がいくつも見える。そこは小さな木造りの家で、リビングルームに大きなスクリーンのテレビがあり、どうやら白人の女性と、黒人の男性の、おそらくはカップルしか住んでいないようだった。ロードサービス会社が、車を路面まで引き揚げるためのトラックでここまで来るのには40分くらいかかりそうだった。
天井に吊られた白熱球が淡いひかりを落としていた。女性は、ソファーに僕から少し離れて座り、紙箱のなかからいくつものアルバムを取りだしはじめ、「ユースケ」がここに来たのは、いつのことだったかしら、と男に聞いている。「これがユースケよ」といいながら僕の前に写真を差しだす。そこにはメガネをかけた二十歳前後の、痩せた日本人の青年が、照れ笑いとも苦笑いともつかない表情でピースサインをしている。「これはいつの写真?」と僕が聞くと、「たしか95年だったかな、もう10年も前だ」と男が言う。「カレッジにはいろんな国の留学生がいたよ。みんな1年くらい居たあと、すっかり帰ってしまったけどな」。顔にフットボールのチームカラーをペイントした青年たちや、深夜のパーティーでおどけた表情の女の子たち。いくつもの写真が、黒い厚紙に貼られ、白いマーカーでコメントが上書きされ、それらは、糊のあとがついたアルバムのなかに大事にしまわれていた。
やがて男の携帯電話のサインが青く光り、彼はドアを開けると、僕に合図する。空き地のむこうには青と赤のランプを点滅させたトラックが止まっており、作業服の男が車にワイヤーをくくりつけているところだった。暗がりをはさんで、男と作業員が書類にサインしているのが遠くから見える。「500ドル!」と男がにやにやしながら僕の背中をたたく。僕はなんだかぎこちなく御礼を言い、ロードサービス会社のメンバーシップについて、すこし言葉を交わしたあと、車をターンして、木造の家をあとにした。幹線道路には灯りひとつなく、黄色い反射板がヘッドライトに浮かび上ると、道が徐々にカーブして、僕が住んでいる大学街の灯が小高い丘の木々の合間から、ときおり見え隠れする。やがて車が街の郊外にはいると、僕は大型スーパーの駐車場に車を止め、ラップトップを立ちあげて、いま、この文章を書いている。大陸の中央部にあるこの街の外には、無人の平原地帯がどこまでも続いており、それは今さっき僕に起こった出来事も、彼らのアルバムにしまわれた記憶のひとつひとつも、暖かい暗闇のなかに飲みこんでしまうような気がしていた。
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選出作品
作品 - 20070519_456_2077p
- [優] US 40 - コントラ (2007-05)
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US 40
コントラ